3 昼食と君

文字数 1,592文字

『平田も誘えばって言ってるけど?』
『和宏さんって心を許した相手には甘いよね』
 兄からの伝言を平田に伝えると彼はそんな風に言った。

「お邪魔してよかったんですか?」
「うん。いらっしゃい」
 ”いつも昼は優人と一緒に食べているんでしょ?”と言う兄の質問に頷く平田。
 優人は靴を脱ぎながら、そんな二人を眺めていた。
「カウンターでいい?」
「もちろんです」
 対面式カウンターはキッチンに対して”くの字”に設置されている。六脚の椅子を置いてはいるが詰めればもっと座れるだろう。
 対面式のキッチンカウンターの良いところは、何といっても全体が明るく広く感じる点。家具の高さが統一であり、高くなければ部屋は広く感じるものである。

「美味しそう」
 平田は流しで手を洗いながらカウンターに並んだ料理に視線を移した。
「メインディッシュは今から」
「ああ、これ」
 兄にステーキ肉を三枚買ってきてと頼まれ、二人はスーパーに寄ってから帰宅した。優人は持っていたスーパーの袋をキッチンの台に置くと、上着をリビングのソファーにかける。
「じゃあ、俺焼きましょうか」
と背後で平田の声。
「ホント? ありがとう。そこにスパイスあるから」
 優人は自分が焼く気でいたので、肩透かしを食らった気分になり苦笑いをした。兄は恐らく、平田が居づらくないように申し出を快くOKしたに違いない。大人らしい気遣いだなと思いつつ、再びキッチンへ移動する優人。

「ステーキなんて豪勢だね」
 肉を焼く良い音がする。
 優人は兄の横に腰掛けると両手を軽く合わせて笑みを浮かべた。
「今日は給料日だったから」
 遠江から多額の報酬は得ているものの、兄は贅沢を好まない。住んでいるところはそれなりに広いが、大きな出費と言えばその家賃くらいなものである。
「それでも家で食べる方が安上がりだし、自分で焼いた方が美味しいしさ」
 笑みを浮かべる兄。
 二人にとっての贅沢と言えば喫茶店通いだろうか。
 飲食料はファミレスより高いが、それは素敵な空間での時間を買うと思えば安いものだと感じる。
「それは同感ですね」
 三人分の肉を焼き終え、皿をカウンターに乗せながら平田が同意を示す。
「冷めないうちに頂こう」
 平田が席につくのを待って食事を開始した三人。
 その後、話題は来年の話へと。

「一年なんてあっという間だね」
「濃い一年だった気もするけど」
 兄の言葉にそう相槌を打つ優人。
「来年は二人とも二十歳だけれど、何かしたいこととかあるの?」
「二十歳で新たにできることって酒とたばこくらいしか思い浮かばない」
 平田の言葉に”同感だな”と零す優人。
「酒には興味があるけれど、たばこはないかな」
「たばこなんでやめた方が良いよ。身体に悪いし、税金の塊だしね。別に吸っている人をカッコイイとも思わないし」
 頬杖をつき、チラリと優人の方に視線を向けた兄。
「え、何。俺も吸わないよ?」
「灰がついている手とか繋ぎたくないよね」
 何か思うところがあるのだろうか。兄の言葉に棘を感じた優人は肩を竦めた。

「そう考えると欧米の文化って怖いですよね」
「ん?」
 平田の言葉に兄が興味を示す。
「何触ったか分からない手と握手するわけでしょ」
「ああ、そうだねえ」
 二人の話を聞きながら優人は”欧米の文かねえ”と最近視た映画のことを思い浮かべ、和訳って結構意味不明なものあるよねと思っていた。
「フレンドリーな文化ってセクハラの基準ってどうなんでしょうね?」
「日本の場合は触れない文化だから合意なく勝手に触ったらセクハラだと思うが」
 日本にはフレンドリーとセクハラをはき違えている人は多くいると思う。特に高齢男性なんかは平気で女性に触れる人が多い。男尊女卑の世の中では、立場を考えて嫌だと言えない人も多いと思われる。
「俺たちも気を付けないとね」
と笑う兄に”どちらかというとセクハラされている方だよね”とツッコみを入れる優人であった。
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