3 何かが少しずれていて
文字数 1,628文字
「この曲、いいね」
”いばらの道”の意味合いを訪ねたかった和宏ではあったが、どう切り出したらいいのか分からず彼が先ほどかけ始めた音楽に話題を移す。
「そうでしょ。行きつけの音楽屋で買ったんだ。新品だから、そこで買わなくても良かったんだけどさ」
言わなくても、そこへは平田と一緒に行ったことくらい想像できる。
彼は和宏とは違う意味合いで一人では行動しないからだ。
優人と平田はまるで幼い頃からの友人のように仲が良いと思う。きっと言わなくても互いの行きたいところも趣味も分かるのだろう。
自分は家族であり兄弟でもあるが、そんな風に彼と出かけたことはあったろうかと過去を振り返ってみる。
個人差はあるだろうが、自分の行きたいところに行けるようになるのは、それなりに自由になるお金が得られるようになってからだろう。仮に小遣いを貰っていたとしても小中学生の内は行動範囲は狭い。
と、なるとアルバイトができるようになる高校生くらいから行動範囲は広がると考えていいだろう。
──俺は優人の高校時代を知らない。
改めて、失った三年がどれほど大きいものなのか思い知る。
大学に入りさらに行動範囲は広がったろう。車の免許もあるわけだから、自分の興味のある場所へ自在に行くことが出来たはずだ。
そんな彼の傍にはいつだって平田がいたはずである。大学に入ってすぐに仲良くなり、ルームシェアまでしていたのだから。
「ん? どうしたの兄さん」
「あ、いや。平田君が羨ましいなと思って」
「なんでよ」
和宏の言葉に優人が不思議そうな顔をする。何故、この話の流れで平田が羨ましいになるのだろうと思っているに違いない。
こんなことを言っても彼を困らせるだけだと思いながらも、和宏は自分の気持ちを言葉にしてみることにした。
「俺は優人の行きつけの店なんて知らないし、普段どんな感じなのかも分からないから」
ほんの少し後悔しつつも優人の方をチラリと窺えば、案の定困ったように眉を寄せてこちらを見つめていた。
「そんなこと言っても、俺には平田しか友人がいないから必然的に行動を共にすることが多いだけなんだけどな。もしかして兄さんも行きたかった?」
”ほら、やっぱり困らせるだけじゃないか”と自分を責めつつ、和宏は床に視線を落とす。
──思っていること言って欲しいって優人は言うけれど。
平田君よりもずっとずっと一緒にいた時間は長いはずなのに、自分は知らないことが多い。それがこんなにも寂しく感じるなんて。
「ごめん。なんか的外れなこと言ったかも」
返事をしない和宏を気遣ってか、優人がそんなこと言う。ますます惨めに感じて和宏は俯いたまま唇を噛みしめた。
「兄さん?」
「うん」
「明日、行こうか。俺がよく行くとこ、色々連れてくから」
”そういうことじゃないんだよ”と言う言葉を飲み込んで、和宏は曖昧に頷く。
──自然に知っていける関係だから羨ましいと言いたいのに、伝え方を間違えたんだよな俺。
近すぎる関係だからこそ、分からないことも多いのだろうと思った。
知っていて当たり前ではないし、どんなに一緒にいても言葉にしなければ理解されないこともある。
”何処から行こうかな”と隣でスマホの画面を見つめる優人の方に再び視線を向けると、和宏はなんだか泣きたい気持ちになった。
彼に嘘はないのだ。
和宏が知りたいと願うならそれを叶えたい。ただそれだけ。
悪意なんてこれっぽっもない、純粋な想い。
「平田君も誘う?」
「なんで。誘わないよ、デートだし」
特別扱いされるのが嬉しくないわけではないし、知りたいことを教えてくれることが嫌なわけでもない。だが少し何かがズレていて喜べないでいる。
「楽しみだね、デート」
「うん」
その日、優人が寝たのを確認してから和宏は平田にメッセージを送った。
”少し二人だけで話がしたい”と。
和宏は、優人のことをよく理解している平田ならば自分のこの複雑な気持ちも理解してくれるのではないかと思ったのである。
”いばらの道”の意味合いを訪ねたかった和宏ではあったが、どう切り出したらいいのか分からず彼が先ほどかけ始めた音楽に話題を移す。
「そうでしょ。行きつけの音楽屋で買ったんだ。新品だから、そこで買わなくても良かったんだけどさ」
言わなくても、そこへは平田と一緒に行ったことくらい想像できる。
彼は和宏とは違う意味合いで一人では行動しないからだ。
優人と平田はまるで幼い頃からの友人のように仲が良いと思う。きっと言わなくても互いの行きたいところも趣味も分かるのだろう。
自分は家族であり兄弟でもあるが、そんな風に彼と出かけたことはあったろうかと過去を振り返ってみる。
個人差はあるだろうが、自分の行きたいところに行けるようになるのは、それなりに自由になるお金が得られるようになってからだろう。仮に小遣いを貰っていたとしても小中学生の内は行動範囲は狭い。
と、なるとアルバイトができるようになる高校生くらいから行動範囲は広がると考えていいだろう。
──俺は優人の高校時代を知らない。
改めて、失った三年がどれほど大きいものなのか思い知る。
大学に入りさらに行動範囲は広がったろう。車の免許もあるわけだから、自分の興味のある場所へ自在に行くことが出来たはずだ。
そんな彼の傍にはいつだって平田がいたはずである。大学に入ってすぐに仲良くなり、ルームシェアまでしていたのだから。
「ん? どうしたの兄さん」
「あ、いや。平田君が羨ましいなと思って」
「なんでよ」
和宏の言葉に優人が不思議そうな顔をする。何故、この話の流れで平田が羨ましいになるのだろうと思っているに違いない。
こんなことを言っても彼を困らせるだけだと思いながらも、和宏は自分の気持ちを言葉にしてみることにした。
「俺は優人の行きつけの店なんて知らないし、普段どんな感じなのかも分からないから」
ほんの少し後悔しつつも優人の方をチラリと窺えば、案の定困ったように眉を寄せてこちらを見つめていた。
「そんなこと言っても、俺には平田しか友人がいないから必然的に行動を共にすることが多いだけなんだけどな。もしかして兄さんも行きたかった?」
”ほら、やっぱり困らせるだけじゃないか”と自分を責めつつ、和宏は床に視線を落とす。
──思っていること言って欲しいって優人は言うけれど。
平田君よりもずっとずっと一緒にいた時間は長いはずなのに、自分は知らないことが多い。それがこんなにも寂しく感じるなんて。
「ごめん。なんか的外れなこと言ったかも」
返事をしない和宏を気遣ってか、優人がそんなこと言う。ますます惨めに感じて和宏は俯いたまま唇を噛みしめた。
「兄さん?」
「うん」
「明日、行こうか。俺がよく行くとこ、色々連れてくから」
”そういうことじゃないんだよ”と言う言葉を飲み込んで、和宏は曖昧に頷く。
──自然に知っていける関係だから羨ましいと言いたいのに、伝え方を間違えたんだよな俺。
近すぎる関係だからこそ、分からないことも多いのだろうと思った。
知っていて当たり前ではないし、どんなに一緒にいても言葉にしなければ理解されないこともある。
”何処から行こうかな”と隣でスマホの画面を見つめる優人の方に再び視線を向けると、和宏はなんだか泣きたい気持ちになった。
彼に嘘はないのだ。
和宏が知りたいと願うならそれを叶えたい。ただそれだけ。
悪意なんてこれっぽっもない、純粋な想い。
「平田君も誘う?」
「なんで。誘わないよ、デートだし」
特別扱いされるのが嬉しくないわけではないし、知りたいことを教えてくれることが嫌なわけでもない。だが少し何かがズレていて喜べないでいる。
「楽しみだね、デート」
「うん」
その日、優人が寝たのを確認してから和宏は平田にメッセージを送った。
”少し二人だけで話がしたい”と。
和宏は、優人のことをよく理解している平田ならば自分のこの複雑な気持ちも理解してくれるのではないかと思ったのである。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
(ログインが必要です)