3 愛の向かう先

文字数 1,598文字

『雛本優人』
 それが和宏の弟の名前だった。

『彼を調査なさるんですか?』
 遠江の秘書はとても驚いた顔をした。
 無理もない。相手は大学生一年生。遠江とは年が離れすぎている。
 いくら十八で成人とは言え、気があると思われたなら軽蔑されそうだ。

──和宏も大して変わらないか。

『ちょっと気になることがあるんだ』
 秘書はもう一度、遠江の渡した用紙に目を向けた。
『雛本……和宏さんたちの関係者でしょうか』
 彼の手にした紙に書かれているのは名前と年齢のみ。
 今の自分が知っているのはそれだけ。
 できれば容姿と連絡先が知りたいと思った。

 だが秘書は思った以上に優秀だったのだ。
 一か月後だったろうか、封筒をこちらに寄こした。そこには数枚の写真と履歴書のようなものが入っている。もちろん連絡先も添えて。
『何のために必要なのか分かり兼ねますが、犯罪はご法度ですよ』
『そんなことをするつもりは……』
 遠江は肩を竦め苦笑いした。

 秘書が社長室を後にするとデスクに戻り椅子に腰かける。
 封筒から改めて調査書を取り出し彼の写真に目を向けると、
『これはまた……』
 彼は母親似なのだろうか、中性的な美形という印象を受けた。どうやって調べたのだろうか? 彼についての数件の気になる事件の詳細が書かれている。

──和宏の大切な人……。
 
 阿貴と共に家を出たとなると、和宏の想い人が女性だとは思い難い。
 その予想は当たったのだろうか。
 どうやら、家を出てから一度も連絡を取ってはいないようだが。

 和宏にとって大切と思われる弟。
 彼に関しては恋愛遍歴が酷かった。
 高校に入り、次から次へとおつき合いをしたようだが、長くは続かなかったようだ。この件に関して理由は書かれていない。
 流石に本人に聞かねば分からないことの様だ。
 それでも女性に恨まれているということはないように見える。

──円満に別れたということなのか?
 こんな短期間で?

 自分にはとてもできそうにない芸当だなと思いつつ、友人関係のところに視線を移す。彼には大学に入ってからできた友人がおり、その友人とルームシェアをしているとあった。
 相手は男性。これだけ次から次へと彼女を作っているのに、一緒に暮らしているのは男性。
『よっぽど気が合うのか? それとも信頼できる相手なのか』

 この調査書には、彼の中学時代の事件についても記載されており、そのことがきっかけで同性との交流をあまりしなくなったと書かれている。

──和宏がもし彼のことを好きだとしたら……このことが原因で?

 そうと決まったわけではない。
 これは賭けでしかなかった。
 阿貴の傍にいることが和宏にとって苦痛でしかないなら解放してやるしかない。しかし、彼には行く先が必要だ。
 書類には優人の連絡先が記載されてる。
 遠江はスマホを胸ポケットから取り出すと、彼にかけようとして留まった。彼は果たして自分の働きかけに応じるだろうか?

 和宏が家を出たことで爛れた生活をしていたとするならば、その原因を作った自分は確実に恨まれているはずだから。
 遠江はデスクにスマホを置くと秘書を呼び出す。

『雛本優人をここに呼びたい』
『何をなさるつもりですか?』
 もっともな疑問だと思った。彼には事情を話しておく必要があるだろう。これから協力を要請するなら、なおのこと。
『和宏と会わせたいんだ』
『それでしたら、彼がここにいる時が良いと思いますが?』

 そしてあの日、和宏をここに呼び二人を引き合わせたのだ。
 もし、自分の予想があっていたなら、自分は身を引かねばならないと思った。確かに彼に惹かれている自分はいる。だが、だからこそ幸せでいて欲しいと願う。
 
 そして遠江は実物と対峙して、心の中でため息をついた。

──これはまた……困ったものだな。

『君、モテるでしょう?』
 思わず出てしまった言葉。
 それほどに彼は整った顔をしており、非の打ち所がない青年だったのだ。
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