夏が、はじまる。#8 Side Yellow
文字数 1,299文字
「は~……お待たせしました」
道場の出口で待っていたちなっちゃん……と、お連れさんにご挨拶。よく見たら見たことある子だった。ちなっちゃんの隣のクラスの、なんか、よく目立つ子。
「えっと、B組の斉藤さん……だっけ」
「え、あたしのこと知ってんの? やった、有名人じゃん」
見かけに違わず超ポジティブ。ひとしきり喜んだあと、斉藤さんはこっちを見て、
「で……誰さん、でしたっけ?」
こっちのことは知らないんかい。
「E組の井川 真希 」と、ちなっちゃんが代わりに紹介してくれた。
「わたしとは一年のとき同じクラスで……覚えてない? 体育祭のリレーでめっちゃ速いってナオ言ってたでしょ」
「あ! あの……あの?」
斉藤さんの目が、あたしの顔から、あたしの頭に動いた。なんか難しい顔をしてる。ちなっちゃんも、その横で髪を引っ張る動作をしてきて、そこで初めて、あたしはいつもと違うところに気づいた。
「あ、ごめんごめん忘れてた」
あたしが黒い前髪を掴んで引っ張り下ろす。何の抵抗もなく剥がれる黒いおかっぱ髪と、その下から現れた金色の短髪に、ひいっ、て、斉藤さんが悲鳴を上げた。まあ、この反応には慣れっこだけど。あたしは黒髪のウィッグに風を通すように振りながら、その様子に苦笑いした。
「あ……あ、そうそう! 見覚えあるわその金髪! でも、え……?」
あたしの本当の髪とウィッグを交互に指差して、斉藤さんはなんか若干ヒキ気味。
「ヒクことないでしょー、薙刀部 の入部条件が黒髪だったんだから」
「だからって、染め直さないでかぶって隠すあたりがさすがというか……」
「ちなっちゃんも呆れたみたいに言わないで……だって学校は何でもオッケーって言ってるのにさ、部活はダメっておかしいと思わない? 髪色自由って言うからこの高校選んだのに!」
まくしたてるあたしを「まあまあ……」とちなっちゃんがやんわり押しとどめる。
「それにしても、もともと軽音に入るための金髪だったでしょ? 入らないなら戻せばよかったのに」
「いやー、思った以上に気に入っちゃってさ……」
「えっ、井川さん軽音行きたかったの!?」
斉藤さんが思わぬところで食いついてきた。その勢いにびっくりしながら、
「まあ、ね……」と言葉を濁した。
軽音楽部は、入学してすぐにちなっちゃんと見学に行ったことがある。今でも覚えてるけど、正直あんまり思い出したくない。ぬるま湯に浸ってるみたいなあの雰囲気が、あたしはどうにも駄目だった。
「あたし、ライバルが欲しかったんだよね。一緒に上を目指して、切磋琢磨できるような、ライバルだけど仲間みたいな存在が……」
「ライバルで、仲間……」
「でも、なーんか思ってたのと違ってさ。あんな、仲良しこよしがしたかったわけじゃないから……」
だから、二番目にやりたかったことで腕磨いてるわけよ。ウィッグを振って笑うあたしに、斉藤さんがずいっと近づいてきて、すっごく真面目な顔で、言った。
「ねえ井川さん、今からあたしたちとライバルにならない?」
道場の出口で待っていたちなっちゃん……と、お連れさんにご挨拶。よく見たら見たことある子だった。ちなっちゃんの隣のクラスの、なんか、よく目立つ子。
「えっと、B組の斉藤さん……だっけ」
「え、あたしのこと知ってんの? やった、有名人じゃん」
見かけに違わず超ポジティブ。ひとしきり喜んだあと、斉藤さんはこっちを見て、
「で……誰さん、でしたっけ?」
こっちのことは知らないんかい。
「E組の
「わたしとは一年のとき同じクラスで……覚えてない? 体育祭のリレーでめっちゃ速いってナオ言ってたでしょ」
「あ! あの……あの?」
斉藤さんの目が、あたしの顔から、あたしの頭に動いた。なんか難しい顔をしてる。ちなっちゃんも、その横で髪を引っ張る動作をしてきて、そこで初めて、あたしはいつもと違うところに気づいた。
「あ、ごめんごめん忘れてた」
あたしが黒い前髪を掴んで引っ張り下ろす。何の抵抗もなく剥がれる黒いおかっぱ髪と、その下から現れた金色の短髪に、ひいっ、て、斉藤さんが悲鳴を上げた。まあ、この反応には慣れっこだけど。あたしは黒髪のウィッグに風を通すように振りながら、その様子に苦笑いした。
「あ……あ、そうそう! 見覚えあるわその金髪! でも、え……?」
あたしの本当の髪とウィッグを交互に指差して、斉藤さんはなんか若干ヒキ気味。
「ヒクことないでしょー、
「だからって、染め直さないでかぶって隠すあたりがさすがというか……」
「ちなっちゃんも呆れたみたいに言わないで……だって学校は何でもオッケーって言ってるのにさ、部活はダメっておかしいと思わない? 髪色自由って言うからこの高校選んだのに!」
まくしたてるあたしを「まあまあ……」とちなっちゃんがやんわり押しとどめる。
「それにしても、もともと軽音に入るための金髪だったでしょ? 入らないなら戻せばよかったのに」
「いやー、思った以上に気に入っちゃってさ……」
「えっ、井川さん軽音行きたかったの!?」
斉藤さんが思わぬところで食いついてきた。その勢いにびっくりしながら、
「まあ、ね……」と言葉を濁した。
軽音楽部は、入学してすぐにちなっちゃんと見学に行ったことがある。今でも覚えてるけど、正直あんまり思い出したくない。ぬるま湯に浸ってるみたいなあの雰囲気が、あたしはどうにも駄目だった。
「あたし、ライバルが欲しかったんだよね。一緒に上を目指して、切磋琢磨できるような、ライバルだけど仲間みたいな存在が……」
「ライバルで、仲間……」
「でも、なーんか思ってたのと違ってさ。あんな、仲良しこよしがしたかったわけじゃないから……」
だから、二番目にやりたかったことで腕磨いてるわけよ。ウィッグを振って笑うあたしに、斉藤さんがずいっと近づいてきて、すっごく真面目な顔で、言った。
「ねえ井川さん、今からあたしたちとライバルにならない?」