刃を交えて。#6 Side Yellow

文字数 1,342文字

 バンドの入れ替え時間にはBGMが流れることになってるんだけど、実行委員にお願いして止めてもらった。ステージに響くのは、てんちゃんが叩くドラムの音だけ。
 先輩たちのバンドを観ていたお客さんは、挨拶の後に突如始まったドラムソロにざわざわしている。一度ステージ前を離れようとした人たちが足を止め、戻ってくるのが、あたしとちなっちゃんが待機してるステージ袖からも見えた。

「作戦成功、だね」
「第一段階はね……次はわたしたちの番」

 顔を見合わせて頷くと、あたしたちも続けてステージに上がった。アンプの前では、シールドを持った委員の子たちが待ち構えていた。

「頑張って、楽しみにしてる」

 ベースのシールドを準備しててくれたのは、同じクラスの子だった。

「ありがと、盛り上げ役よろしく!」

 受け取りながら、にっと笑ってみせた。ベースを繋ぐよりも前に、その子と一緒にドラムに合わせて手拍子を始める。最初はあたしたちだけで、それから客席に向けて。少しずつ、少しずつ手拍子が大きくなっていく。
 充分に大きくなったところで、シールドの接続と、ドラムのリズムに合わせて音量とチューニングの確認。そのころにはちなっちゃんもギターのセッティングが済んでいて、あたしが視線を向けると、軽く頷いてからてんちゃんに合図を送った。ドラムの音が一瞬ブレイクしたあと、あたしのベース、ちなっちゃんのギターも加わってセッションが始まる。
 歌が聴こえないなかでの盛り上がりが気になったのか、通路からちらちらとこちらを伺う人も出てきた。演奏の合間に、その人たちに向かって、おいでよ! っていうように手を打ち鳴らしてみせる。
 そうこうしてるうちに、なおっちゃんがステージに上がり、ギターの準備を終えてマイク前に立った。セッションのボリュームを落とすと、なおっちゃんがマイクに向かって叫んだ。

「皆さん盛り上げてくれてありがとうございます! あたしたち、Gemstoneっていいます! 少しの時間ですが、あたしたちの音楽を聴いてください。よろしくお願いします!」

 手拍子が拍手に変わる。少しだけど歓声も上がった。みんなが、あたしたちを観てる。初めてのライブのときには見えなかったけど、今日は一人ひとりの顔がしっかりと見えた。
 手前のほうに店長さんと、店長さんが誘ったのかな、ライブハウスの山口さんがいる。少し後ろのほうにはコウさんとシュウさんが。あたしたちを応援してくれてる人が見守ってくれてる。
 そして、まだあたしたちを知らない人がたくさん。みんなにあたしたちを知ってほしい。あたしたちの音楽を、ここにいるみんなに届けたい……!

「それじゃ、いくよ……!」

 なおっちゃんの掛け声に合わせて、またセッションが大きくなる。四人で顔を見合わせて、そのまま一曲目のイントロへ。
 ちらっと視線をやると、ギターと踊るように生き生きとリズムを刻むちなっちゃんと、満面の笑みでマイクに向かうなおっちゃんが映る。そして、入りの作戦がうまくいってちょっと得意げなてんちゃんも。

(もう、初ライブ(あのとき)のあたしたちとは違う)

 心に引っかかってた不安のかけらが吹っ飛ぶのを感じながら、あたしは客席に向き直る。心のどこかで、今日のライブが最高に楽しくなることを確信していた。
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登場人物紹介

★アナウンス★

・アイコンイラスト(ちびキャラVer)を追加しました。

(2020/07/24)


・奈桜・真希・千夏の夏私服と所有楽器のイメージイラストを

ツイッターに公開中です。

*第2章-#3 を読んでからご覧いただくとより楽しめるかと思います。

斉藤 奈桜《さいとう なお》


高校二年生。いつも明るく、誰とでも仲良くなれる少女。

バンドではギター・ボーカルを務める。

佐倉 千夏《さくら ちなつ》

奈桜の同級生。学校ではおとなしい文学少女。

バンドではギター担当。

井川 真希《いがわ まき》

奈桜の同級生。薙刀部所属の文武両道少女。

バンドではベース担当。

富士森 天音《ふじもり あまね》

千夏のバイト先の店長の娘。高校一年。

バンドにはドラムのサポートメンバーとして参加。

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