空白を埋める人。#7 Side Yellow

文字数 1,108文字

「……なんで、わかったんだよ」

 てんちゃんは床に座り込んで、じろりとなおっちゃんを睨み上げていた。対するなおっちゃんは「あーびっくりした」と言いつつ、てんちゃんを逃がすまいと後ろ手にドアを閉めた。

「見えてたよ、窓からこの部屋覗き込んでるの」

 スタジオのドアには、縦長の小窓みたいな部分があって、そこから中の様子が見えるようになっている。なおっちゃんは鏡を使って、窓から覗いてるてんちゃんを見つけたわけだ。

「けど、どうしてわざわざここに? 今日はバイト休みだって聞いたけど……」

 姿勢をかがめて、まるで子どもに話しかけるようになおっちゃんが尋ねる。てんちゃんはぷいっとそっぽを向きながら、

「今日、合わせするって、サクラが言ってたから」

 え、聞いてないんだけど。ちなっちゃんのほうを見ると、

「いまその話をしようとしてたんだけど……」

 って、困ったように笑ってる。えっと、よくわかんないけど、わざわざ来てくれたってことはつまりこれは、『脈アリ』ってこと……?

「まきちゃん、スコア持ってきて」

 なおっちゃんに言われるがままに、予備のスコアを渡すと、彼女はそれをそのままてんちゃんに差し出して、

「ねえ、一回だけ、この曲叩いてもらえないかな?」
「はあっ!?」

 突然の提案に、てんちゃんの目が見開かれた。たぶんあたしも同じ顔をしてる。脈アリだからって、いきなり距離を縮めすぎじゃない……?

「いや、ボクは、バンドはやらないって……」
「うん、その話は聞いた」なおっちゃんが続ける。「でも一回だけ、ドラムが入るとどれだけ雰囲気が変わるのか、聴いてみたいんだ。お願いできるかな……?」

 てんちゃんは困り果てた顔で、あたしとちなっちゃんのほうを見てきた。あたしは無言のまま頷いて、ちなっちゃんは

「やってくれたら、嬉しいわ」

 とだけ言った。てんちゃんは困り顔のまま大きくため息をついて、

「……一回だけだから」

 なおっちゃんの手からスコアを受け取った。
 そこからのてんちゃんの行動は素早かった。スコアを見ながら、備品のドラムスティックを取りに行き、ドラムセットの調整を済ませるまで、一曲通すほどの時間もかからなかった。ちゃんとスコアが確認できたか、こっちが不安になるくらいだ。

「あの、多少カンタンに叩いても、いいからね……?」

 あたしが声をかけると、スタンバイしたてんちゃんは「バカにするなよ」と不機嫌そうに言った。

「初見だからって、手抜かないから」

 テンポを確認して、スティックでカウントを取るその表情は、すっかり本気モードに切り替わっていた。
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登場人物紹介

★アナウンス★

・アイコンイラスト(ちびキャラVer)を追加しました。

(2020/07/24)


・奈桜・真希・千夏の夏私服と所有楽器のイメージイラストを

ツイッターに公開中です。

*第2章-#3 を読んでからご覧いただくとより楽しめるかと思います。

斉藤 奈桜《さいとう なお》


高校二年生。いつも明るく、誰とでも仲良くなれる少女。

バンドではギター・ボーカルを務める。

佐倉 千夏《さくら ちなつ》

奈桜の同級生。学校ではおとなしい文学少女。

バンドではギター担当。

井川 真希《いがわ まき》

奈桜の同級生。薙刀部所属の文武両道少女。

バンドではベース担当。

富士森 天音《ふじもり あまね》

千夏のバイト先の店長の娘。高校一年。

バンドにはドラムのサポートメンバーとして参加。

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