音を重ねて。#4 Side Yellow

文字数 878文字

 最初の曲に選んだのは、なおっちゃんイチ推しのアニソンだった。いろんな困難や苦悩を乗り越えてステージに立った、ボーカリストを目指す主人公の歌。

『今のあたしたちにはこれがいちばんぴったりだから!』

 スコアを抱えて力説する一週間前のなおっちゃんに、心の中で、ほんとだね、と頷きたくなる。
 駆け抜けるようなテンポに、自分が出してると思えないほど心臓に響くベースが乗っかる。
 小柄な身体からは想像がつかない、力強く唸るちなっちゃんのギターソロ。
 それから、まだ顔は緊張してるけど、真っ直ぐにマイクに向かうなおっちゃんが、主人公の想いを歌う。

  やっと見つけたんだ 輝ける場所を
  眩しい光受けて 花のように笑って歌おう

 初めてステージで光を浴びて、音楽を届ける喜びをつづる歌詞。なおっちゃんが言ったとおり、まるであたしたちのことを歌ってるみたいだった。
 みんなの音が、声が、小さなスタジオの中で重なって、ぐるぐると渦を巻く。この一瞬一瞬が、楽しい。自分が鳴らした音が、誰かの音と重なってひとつになる感覚が、楽しくて、嬉しくてしょうがない。
 なんであのとき、音楽を始めなかったんだろうって後悔は、もうどこかに飛んでってた。どこがまだうまく弾けないとか、そんなことも頭の隅に追いやった。
 今はとにかく、このどきどきを、この輝ける瞬間を、少しでも鮮明に心に焼き付けておきたかった。

 気づいたら曲が終わってた、それくらいあっという間に感じた。最後の一音の余韻の中で、なおっちゃんもちなっちゃんも、頬を紅く染めている。それはきっと、あたしも同じだった。

「……すごい」

 ぽつり、と、なおっちゃんがつぶやいた。

「すごい、すごいよ! あたしたち、曲、できたよ……!」

 ふるふると肩を震わせて、感情が今にも爆発しそうななおっちゃんのところに、ちなっちゃんとあたしが歩み寄る。誰かが言い始めるでもなく、三人で両手を掲げて、

「やったー!」

 輪になってハイタッチした。まだ未完成だけど、あたしたちのバンドの輪郭が見えた瞬間だった。
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登場人物紹介

★アナウンス★

・アイコンイラスト(ちびキャラVer)を追加しました。

(2020/07/24)


・奈桜・真希・千夏の夏私服と所有楽器のイメージイラストを

ツイッターに公開中です。

*第2章-#3 を読んでからご覧いただくとより楽しめるかと思います。

斉藤 奈桜《さいとう なお》


高校二年生。いつも明るく、誰とでも仲良くなれる少女。

バンドではギター・ボーカルを務める。

佐倉 千夏《さくら ちなつ》

奈桜の同級生。学校ではおとなしい文学少女。

バンドではギター担当。

井川 真希《いがわ まき》

奈桜の同級生。薙刀部所属の文武両道少女。

バンドではベース担当。

富士森 天音《ふじもり あまね》

千夏のバイト先の店長の娘。高校一年。

バンドにはドラムのサポートメンバーとして参加。

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