何もないまま。#7 Side Red 

文字数 1,231文字

「……あの、まきちゃん」
「ん?」
「今日は解散にしようよって、言ったよね……?」

 あたしは向かいの席に座るまきちゃんに、おずおずとそう尋ねた。場所は、いつものファミレス。今日は一日気を張りっぱなしだったし、帰ってゆっくり休もうねって話を、ライブハウスを出るときにしてたはずなんだけど。

「うん、言ってた」
「じゃあなんで、あたしたちここにいるの……?」
「……腹ごしらえ?」
「ケーキで腹ごしらえって言われてもねえ……せめてライブの打ち上げじゃない?」

 ケーキを頬張るまきちゃんを見て、あたしの隣に座るちーちゃんはコーヒーを飲みながら苦笑い。でもとてもじゃないけど、初ライブが終わったことを素直に喜べる感じじゃない。

「ごめん、あたし今そんな気分じゃないんだけど……」
「だから連れてきたんだよ。ていうか、そんな思いつめた顔のなおっちゃん、そのまま帰せないし」

 まきちゃんがいつかしてたような「むずかしー顔」をしてみせる。あのときも、そんな顔をしてみせてあたしのこと心配してたっけ。

「まきちゃんすごいね、なんかおかしいってところにすぐ気づけて。今日だって……」

 言いかけて、口をつぐむ。楽屋での一連の会話が頭をよぎったけど、頭から無理やり追い出した。
 まきちゃんは照れたように笑ってから、「ううん」と首を横に振った。

「でも自力じゃはっきりした原因にたどり着けなかったよ。あのしゃしゃってきた男子のおかげ」
「おかげ、かあ……」

 今度はあの男の子の姿が浮かぶ。また頭から追い出して、あたしはため息をついた。

「やっぱりすごいよ、あたしはまだ、そんなふうに思えないから。思い出すと悔しいし、ムカつく」

 あたしの言葉に、まきちゃんが目を丸くした。ちーちゃんも、コーヒーを飲む手を止めて、

「珍しい、ナオが誰かにムカつくなんて」
「あ、いや、あの男の子にじゃなくて、いろいろ足りないってことに気づけなかった自分にムカついてて。結局、その足りないものもまだよくわかんないし……」

 慌てて弁明してたら、なんか自分で情けなくなっちゃった。てんちゃんからもらったDVDケースを弄びながら、またため息が漏れる。

「はーあ……どうせあたしたちないないだらけの(NULL)ですよ……」
「ナオ、さっきからそればっかり見てると思ったら、そんなこと考えてたの?」

 ちーちゃんが呆れたように言った。まきちゃんはなにが面白かったのか、膝を叩いて笑ってる。

「もう、その名前、完全に黒歴史だね! さっさとちゃんとしたバンド名考えなきゃ!」
「そうよ、『何もない』なんて言わせないから。店長のやらかしに引きずられてちゃだめよ」

 そんなこと言われたって……とケースを眺めてたら、横から伸びてきたちーちゃんの手がぱっとそれを奪った。そして逆の手をあたしの頭にのっけて、

「わたしたちに『あるもの』、挙げていきましょうか?」
「……へ?」
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登場人物紹介

★アナウンス★

・アイコンイラスト(ちびキャラVer)を追加しました。

(2020/07/24)


・奈桜・真希・千夏の夏私服と所有楽器のイメージイラストを

ツイッターに公開中です。

*第2章-#3 を読んでからご覧いただくとより楽しめるかと思います。

斉藤 奈桜《さいとう なお》


高校二年生。いつも明るく、誰とでも仲良くなれる少女。

バンドではギター・ボーカルを務める。

佐倉 千夏《さくら ちなつ》

奈桜の同級生。学校ではおとなしい文学少女。

バンドではギター担当。

井川 真希《いがわ まき》

奈桜の同級生。薙刀部所属の文武両道少女。

バンドではベース担当。

富士森 天音《ふじもり あまね》

千夏のバイト先の店長の娘。高校一年。

バンドにはドラムのサポートメンバーとして参加。

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