トレジャーハント。 #9 Side Blue

文字数 1,278文字

「なんや、そんなに本番までカツカツだったんか?」

 わたしのつぶやきに、コウさんが反応した。溜息と苦笑いで返す。

「ええ。だから、音をつくることに一生懸命すぎて、ステージに上がるうえでの心構えも、バンド名も、何もないままで……」

 本当は、少し後悔してたんだと思う。もしわたしが、きちんと準備してからにしようって言ってたら。そうすれば、もっといいステージになってたんじゃないか、とか。

(……でも、時間があっても、わたしはどうすればいいかわからなかったかも……)

 わたしがしばらく黙っていると、コウさんはからっと明るい声で言った。

「音には満足してんのやろ? せやったら、次からそれ以外をどうにかすりゃええやん」
「……簡単に言いますね」
「実際にできるようになるかは別や。まずは意識することが大事。な?」

 それは、そうなのだけど。言葉を返せないわたしの頭を、コウさんは指で小突いた。

「終わったことをそんなうじうじ引きずるもんやない。前向け前」
「でも……」
「ええやん、あのとき出演決めて、あの順番になって、あの演奏したから、自分らとオレらの接点ができたわけやし」
「できることなら、自力で何とかしたかったですけど……」
「なんでも自力で出来ると思うな、ひよっこ」

 もう一回小突かれそうになるのを回避すると、彼は「おっ、やるやん」とどこか満足そうに笑った。

「オレらでも誰でもええけど、存分に頼って、助けてもろたらええやん。それも成長の近道やで……ま、自分らみんなヘルプ出せなさそうやから、今日呼んだんやけどな」

 その言葉を聞いて、わたしは今日初めてコウさんの顔をちゃんと見た。それだけのために、わざわざ……?
 目を合わせたコウさんは、にかっと笑って、

「オレ、結構気が利くやろ」
「気が利くというか、お節介」
「失礼やな。ええやん、少しは役に立ったみたいやし?」

 そう言ってナオたちを見やる。たしかに、ナオやマキの目に生き生きとした光が宿ってるのは、コウさんやシュウさんと話せたおかげだろう。
 それでも、なんとなく素直に感謝の言葉を口にできなくて、つい話を逸らす。

「今日のチケットを渡してくれたとき、教えてくれませんでしたよね、どうしてこんなにおせっか……気を利かせてくれるのか」
「言うたやん、オレがやりたい思てやったんやって」
「どうしてそう思ったか訊いてるんです」

 食い下がると、コウさんは「んー」と天井を仰いで考える素振りをしてから、ちらりとわたしを見て、

「惚れた……って、言うたら?」
「……は?」
「ちなちゃん、そこは『きゃっ』とか照れるとこちゃう?」

 自分でもわかるほど顔をしかめたわたしを見て、コウさんが弾けるように笑い出した。二度も真面目に訊いたわたしが馬鹿だったのかもしれない。隣で黙って話を聞いていたてんちゃんが、ここぞとばかりにコウさんの肩に殴りかかる。

「調子に乗んなよこのナンパ野郎」
「いった、なにすんねん!」

 危うく取っ組み合いになりそうなところを仲裁しながら、わたしも少しだけ、心のもやが晴れてきたのを感じた。この人のおかげってことは、まだ認めたくはないけど。
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登場人物紹介

★アナウンス★

・アイコンイラスト(ちびキャラVer)を追加しました。

(2020/07/24)


・奈桜・真希・千夏の夏私服と所有楽器のイメージイラストを

ツイッターに公開中です。

*第2章-#3 を読んでからご覧いただくとより楽しめるかと思います。

斉藤 奈桜《さいとう なお》


高校二年生。いつも明るく、誰とでも仲良くなれる少女。

バンドではギター・ボーカルを務める。

佐倉 千夏《さくら ちなつ》

奈桜の同級生。学校ではおとなしい文学少女。

バンドではギター担当。

井川 真希《いがわ まき》

奈桜の同級生。薙刀部所属の文武両道少女。

バンドではベース担当。

富士森 天音《ふじもり あまね》

千夏のバイト先の店長の娘。高校一年。

バンドにはドラムのサポートメンバーとして参加。

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