夏が、はじまる。#9 Side Yellow

文字数 1,246文字

「……ごめん言ってる意味がよくわかんないんだけど」

 いやほんとに、急すぎて理解が追いつかない。あたしは助けを求めてちなっちゃんを見たけど、彼女も斉藤さんを止めることなく、真っ直ぐにこっちを見てる。

「あたしたち、バンドやりたいの」
「バンド? 部活でじゃなくて?」
「そう。ここの軽音じゃできないような、本気の音楽」
「本気の……?」

 その言葉に、忘れかけてた何かが胸の中で動くのを感じた。あの場所じゃできなかった、あの場所以外でやることなんて思いつきもしなかった、あたしがいちばんやりたかったことを、今から。
 ……でも、

「でも、あたし今、部活やってて、練習厳しいし、夏休みは集中練も……」
「わかってる、マキ」横からちなっちゃんが言った。「だいぶ無茶なお願いしてるって。だから、もしよかったら、って話で……」
「あたしもわかってるよ。でも……」

 斉藤さんはあたしの手を掴んで、真面目な顔のまま、ひとつひとつ言葉を選ぶように続けた。

「もし少しでも、やりたいことできないで後悔してたら……今からでも、やりたいことをやりたいって思ったら、やろう。マジで音楽やって、この学校でいちばん……いや、ここのやつらなんか目じゃないくらい、すごくなってやろうよ」

 声の重さと、手の熱さとで、彼女の本気度は痛いくらいに伝わってきた。それに、斉藤さんの言葉を聞きながら、あたしの中でどんどん蘇ってくる感情があった。
 入学したときの期待、髪を染めたときの気合い、初めて楽器を手にしたときの喜び。あのときと環境は変わってしまったけど、今、またその気持ちを味わえるなら。ここにいる二人と、あのときには志せなかった高みを目指せるなら。

「……斉藤さん、ここの軽音よりすごくなる、って言ったね」
「うん、言った」
「それ、どうせなら天下とっちゃう?」
「へ?」

 あたしの言葉に、斉藤さんも、横にいるちなっちゃんもぽかんとするから、思わず
「なんてね」って誤魔化しちゃったけど。でも、

「ここのやつらよりすごくなる、なんてアバウトじゃなくてさ、目指すならもっと上のほうが燃えるっしょ。ていうか、それくらいしないと目の前の敵にも勝てないじゃん?」
「え、井川さん……」
「バンド、やるよ。先に言っておくけど、あたしをライバルに回したら手強いからね」
「ほんと!? ほんとにほんとだね!」

 きらきらと効果音が聞こえそうなくらい、斉藤さんの目が輝いた。掴んだ手をぶんぶん振り回して、ちなっちゃんともハイタッチしてめちゃくちゃにはしゃいでいる。

「ありがとう、ほんとにありがとう!」

 って、何度も言われたけど、お礼を言うのはあたしのほうだったかも。大事な気持ちを思い出させてくれて、ありがとう、って。

「……で、これでスリーピースバンドが組めるわけだよね?」

 あたしの一言に、二人は動きを止めて、ちらっと目くばせした。え、なんか、やると決めた途端に雲行きが怪しいんですけど……?
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登場人物紹介

★アナウンス★

・アイコンイラスト(ちびキャラVer)を追加しました。

(2020/07/24)


・奈桜・真希・千夏の夏私服と所有楽器のイメージイラストを

ツイッターに公開中です。

*第2章-#3 を読んでからご覧いただくとより楽しめるかと思います。

斉藤 奈桜《さいとう なお》


高校二年生。いつも明るく、誰とでも仲良くなれる少女。

バンドではギター・ボーカルを務める。

佐倉 千夏《さくら ちなつ》

奈桜の同級生。学校ではおとなしい文学少女。

バンドではギター担当。

井川 真希《いがわ まき》

奈桜の同級生。薙刀部所属の文武両道少女。

バンドではベース担当。

富士森 天音《ふじもり あまね》

千夏のバイト先の店長の娘。高校一年。

バンドにはドラムのサポートメンバーとして参加。

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