宝石のように。 #7 Side Yellow

文字数 1,146文字

「うーん……」

 登校日のホームルーム終わり。机に広げた手帳を前に、あたしは悩んでいた。
 この前みんなで書き込んだ目標の横に、これからバンドでやりたいことを書き込んでみていた。三人で話したときに『余裕を持ちたい』って言って、それから少しずつ周りを見る余裕も出てきて(この前スコアが届いた新曲は難しくてそれどころじゃないけど)。余裕が出てきたら、やりたいことがいろいろと浮かんできちゃって。
 ただ、これを全部やろうとしたら、また余裕のない状態に戻ることも目に見えてるんだよね。掲げた手帳を前に、また唸り声が漏れる。
 あの曲はコーラスがあったらかっこいいよね。ベースソロもやってみたいけど今回の曲じゃ難しいかな。それから、これは究極の理想だけど……

「まーきちゃん?」
「うわっ!」

 背後から突然声をかけられて、思わず手帳のページをくしゃりと握りつぶしてしまった。声をかけたなおっちゃんは、あたしのびっくりした声と握りつぶされた紙に、もっとびっくりしたみたいだった。

「え!? どうしたのまきちゃん、そんなに驚いて……あーあ、紙ぐちゃぐちゃじゃん」

 机に置いて丁寧にしわを伸ばすなおっちゃんの手が、ふと止まった。あたしのほうを向いて、にかっ、と笑う。

「まきちゃん、やりたいことたくさん見えてきたね」

 しっかり中身を見られてしまったらしい。あはは、と照れ笑いで誤魔化す。

「でも、いきなり全部はできないから……」
「そりゃね。でもひとつずつならできるでしょ? シュウさんも言ってたじゃん、目標は一個ずつクリアして、積み重ねていくんだって」

 なおっちゃんは手帳を眺めて、あたしに問いかけた。

「この中で、まきちゃんがいまいちばんやりたいこと、教えて?」
「いまいちばん? えーと……」

 あたしは少し考えてから、なおっちゃんが広げてくれたページの一箇所を指差した。

「コーラス、してみたいんだ。今練習してる曲、もともと全部コーラスありでしょ? そのコーラス入れられたら、もっと音に迫力というか、出るだろうなって。だから一曲だけでも……」
「わかった」

 あたしが言い終わらないうちに、なおっちゃんがあたしの手を引いて席から立ち上がらせた。そのまま教室を出ようとする彼女に、

「ちょ、なおっちゃん? どこ行くの?」
「学園祭の実行委員のとこ。コーラスやるなら追加でマイク用意してもらわなきゃ」
「で、でもまだやるって決まったわけじゃ……」
「直前に言って準備してもらえるかわかんないじゃん? もし間に合わなかったら下げてもらえばいいし、用意は周到に、ね?」

 さっきと同じ、にかっと笑ってみせたなおっちゃんに、あたしはそうだね、と笑い返した。余裕からはまた離れてしまいそうだけど、なんだかんだ言って、なおっちゃんのこの勢いが好きなんだ。
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登場人物紹介

★アナウンス★

・アイコンイラスト(ちびキャラVer)を追加しました。

(2020/07/24)


・奈桜・真希・千夏の夏私服と所有楽器のイメージイラストを

ツイッターに公開中です。

*第2章-#3 を読んでからご覧いただくとより楽しめるかと思います。

斉藤 奈桜《さいとう なお》


高校二年生。いつも明るく、誰とでも仲良くなれる少女。

バンドではギター・ボーカルを務める。

佐倉 千夏《さくら ちなつ》

奈桜の同級生。学校ではおとなしい文学少女。

バンドではギター担当。

井川 真希《いがわ まき》

奈桜の同級生。薙刀部所属の文武両道少女。

バンドではベース担当。

富士森 天音《ふじもり あまね》

千夏のバイト先の店長の娘。高校一年。

バンドにはドラムのサポートメンバーとして参加。

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