トレジャーハント。 #2 Side Yellow

文字数 1,185文字

 動画はてんちゃんが編集してくれたのか、ご丁寧にバンドごとに区切られていた。まず最初に見たのは、あたしたちの演奏。音だけに関して言えば、みんなが言ってたとおり、特に問題はなさそうだった。よくも悪くも『いつも通り』。
 となると問題はなんだろう、と、スマホの小さい画面を覗き込むと、カメラの向こうのなおっちゃんと目が合った。改めて見ると、ものすごく緊張してるのがわかって、全然余裕なかったんだなって思う。むしろいつも通りに演奏できてたのが不思議なくらいだ。これじゃ歓声をあげるより、固唾をのんで見守るお客さんの気持ちもよくわかる。

(花のように笑うどころか、って感じだね……)

 歌の主人公とは似ても似つかない様子に、思わず苦笑いしてしまった。いつもの明るいなおっちゃんらしさは、どうにかしてステージでも引っ張り出さないと。
 次に選んだのは、あたしたちの二つ後、あのコウという男子がいるバンドだった。順番に一組ずつ見ていかなかったのは、あの日会場で見たお客さんの盛り上がり的に、彼らが今回いちばん実力があるバンドだと感じたからだ。

『自分らにはなにが足りんか、よう見とき』

 そう言った彼の顔は、あたしたちを見下すわけでもなく、でも絶対的な自信を湛えていた。その自信はどこからくるのか知りたかった。それがわかったら、きっとあたしたちの足りないものも見えてくる気がして。
 動画を再生すると、しばらくしてバンドのメンバーが出てくる。その時点から女子の黄色い歓声がすごい。最後にボーカルのコウがステージに現れると、マイクで拾った音が割れるくらい、ひときわ歓声が大きくなった。演奏以前に、彼らがここに来る人たちに知られ、愛されてる証拠。
 メンバーが出揃うと、唐突にドラムのカウントが始まる。ハイテンポなイントロにのせて、真ん中に立ったコウが叫んだ。

『ここからは俺たちPhantom(ファントム)のターンです! みんな思いっきり暴れて楽しんでください!』

 これは当日も強烈に印象に残った場面だ。会場のボルテージが一気に上がって、メンバーの煽りに合わせて、みんなが叫び拳を振り上げる。

(これが、ライブ……)

 そのとき、そう痛感したのだ。これが観客を熱狂させる、ライブなんだって。あたしたちがやりたいのは、きっとこういう演奏なんだって。
 そんなことを考えてたら、あっという間に一曲が終わってしまった。たしかもう一曲あったはず、と姿勢を正してから、

(……あれ?)

 ふと気づいた。いまの曲中、あの男子と一瞬も目が合わなかった、気がする。
 次の曲でそれは確信に変わった。彼の目線はカメラよりも少し下を行ったり来たりしていて、少しもこちらを向かない。その目線の先にあるのは……

(そういうことか……)

 あたしたちに足りないもの、ひとつ見つけた。
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登場人物紹介

★アナウンス★

・アイコンイラスト(ちびキャラVer)を追加しました。

(2020/07/24)


・奈桜・真希・千夏の夏私服と所有楽器のイメージイラストを

ツイッターに公開中です。

*第2章-#3 を読んでからご覧いただくとより楽しめるかと思います。

斉藤 奈桜《さいとう なお》


高校二年生。いつも明るく、誰とでも仲良くなれる少女。

バンドではギター・ボーカルを務める。

佐倉 千夏《さくら ちなつ》

奈桜の同級生。学校ではおとなしい文学少女。

バンドではギター担当。

井川 真希《いがわ まき》

奈桜の同級生。薙刀部所属の文武両道少女。

バンドではベース担当。

富士森 天音《ふじもり あまね》

千夏のバイト先の店長の娘。高校一年。

バンドにはドラムのサポートメンバーとして参加。

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