刃を交えて。#7 Side Red

文字数 1,109文字

「はぁ、はぁ……」

 三曲歌い終わって、挨拶(とちゃっかり明日の告知)を終えたあたしは、テントに戻ってどさりと椅子に座った。このあとステージの片づけをしなきゃいけないけど、ちょっとだけ休息が欲しい。今のライブに全力を使い果たしちゃった。
 のろのろとギターをケースに仕舞っていると、ほかの三人も戻ってくる。お疲れさまを言う前に、あたしは立ち上がって頭を下げた。

「みんなごめん!」
「……はい?」

 不思議そうな声をあげた三人に、あたしは続けた。

「あたし、今まででいちばんを届けたいとかいろいろ言ってたのに、なんか、そんなのすっかり忘れて楽しんじゃって……」

 演奏が始まる前から鳴り響く手拍子、曲が進むにつれて咲いていく笑顔、曲終わりの大きな拍手、それから少しずつ増えてきた、通路から見に来てくれたお客さんたち。途中で演奏の手を止めてしまいそうなくらい嬉しくて楽しくて……気づいたらライブが終わってた。
 本当に、頭が空っぽになるくらい楽しくて、今まででいちばんの演奏を……なんて、途中から頭から消え去ってた。
 あたしの懺悔に、三人は顔を見合わせて、そして何故かくすくすと笑い出す。まきちゃんがテントの外を指差して、

「なおっちゃんの楽しい気持ち、ちゃんとみんなに届いてたと思うよ、ほら見て」

 促されてテント外を覗くと、そこにあったのは人気投票のボード。たしか来場時に渡されるシールで投票するんだけど、あたしたちGemstoneの枠に、帰り際のお客さんが次々とシールを貼っていくのが見える。ナンシー先輩のバンドに追いつきそうな勢いだ。
 投票の様子を呆然と眺めていたあたしに、クラスメイトたちが楽しげに声をかけてきた。

「あ、なおちゃーん! 今日のライブめっちゃよかったよ! 明日もまた来るから!」

 その後ろから、楽しかったよ! とか、明日も頑張れ! とか、たくさんの声がかかる。

「あ、ありがと……ありがとうございます……」

 あたしは手を振ってそれに応えてから、テントの中に戻った。ゆるゆると、もう一度椅子に座りなおす。

「ちゃんと、届いたんだね……」

 ライブが成功した、っていう実感が、じわじわと湧いてきた。成功した嬉しさと、無事に終わった安堵で、気持ちがぐちゃぐちゃしてる。

「楽しかったのはあたしたちも同じだよ。ね?」

 まきちゃんがにこにこしながら言うと、ちーちゃんもてんちゃんも満足そうな顔で頷く。

「『今まででいちばん』は達成できたんじゃないかしら。票だっていいところまできてるみたいだし」
「そうそう、お客を引き止める作戦も成功したし……」
「入れ替えが終わってないのに出てきたのは感心しないけどね」

 と、第三者の声が割り込んできた。
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登場人物紹介

★アナウンス★

・アイコンイラスト(ちびキャラVer)を追加しました。

(2020/07/24)


・奈桜・真希・千夏の夏私服と所有楽器のイメージイラストを

ツイッターに公開中です。

*第2章-#3 を読んでからご覧いただくとより楽しめるかと思います。

斉藤 奈桜《さいとう なお》


高校二年生。いつも明るく、誰とでも仲良くなれる少女。

バンドではギター・ボーカルを務める。

佐倉 千夏《さくら ちなつ》

奈桜の同級生。学校ではおとなしい文学少女。

バンドではギター担当。

井川 真希《いがわ まき》

奈桜の同級生。薙刀部所属の文武両道少女。

バンドではベース担当。

富士森 天音《ふじもり あまね》

千夏のバイト先の店長の娘。高校一年。

バンドにはドラムのサポートメンバーとして参加。

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