空白を埋める人。#5 Side Blue

文字数 945文字

「……まだなにも言ってないんだけど」
「ドラムメンバー探してるのも親父から聞いた」

 てんちゃんはその話題から逃げるように、いそいそとお店に出る準備を始めた。わたしはその後ろで、大きくため息をつく。

「ひとりで音楽をしたいの、変わってないのね」
「なんだ、憶えてんじゃん」
「お願いしたら、考え直してくれないかなって」
「さあ、どうかな」

 その言葉に、もうひとつため息。そういう返事のときは、たいてい「ノー」を意味する。
 彼女が自分の決断や考えを曲げない頑固者だということも、出会った頃から知っていた。仕事においても同じで、他のスタッフ(特に店長)とはたびたびそれで衝突してるのを見てきたし、よっぽど問題がある場合を除いて、わたしはなるべく言い合いを避けてきた。
 今回は、無理には誘わないという、ナオやマキの意向もある。いつも通り、わたしは引き下がることにした。

「それなら、これ以上はなにも。無理強いはしないって決めてるから……」

 ただ、今日はてんちゃんの反応がなにか違った。いつもなら自分の意見が通って「当然」と言わんばかりの態度をするのだけど、わたしの言葉を聞いた彼女は、離れたところから、「それでいいの?」というような顔で見ている。わたしたちのことを心配してくれてるのか、それともただの思い違いかしら。

「じゃ、この話はおしまいで……」
「待って。これだけ訊いていい?」

 スタッフルームを出ようとする彼女の背中に、わたしは声をかけた。

「どうしても、ひとりで音楽をやりたいの?」

 振り返ったてんちゃんは一瞬驚いたような顔をして、そして、言った。

「……そうだね、ボクは一人がいいや」

 そう答えた表情を見て、「何故」と訊く前に思わず、言う予定のないことを口走っていた。

「次の合わせ、明日なの。よかったら覗きにこない?」
「……サクラ、ボクの話聞いてた?」

 途端に呆れ顔をされる。わたしもさすがに話を捻じ曲げすぎたと思って、「ごめん、今の忘れて」と誤魔化して話を切り上げてしまった。
 思い上がりだと笑ってくれていい、ナオの読みは当たってるかもしれないと思ってしまったのだ。「一人がいい」と笑った彼女の顔が、どうしても寂しそうに見えたから。
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登場人物紹介

★アナウンス★

・アイコンイラスト(ちびキャラVer)を追加しました。

(2020/07/24)


・奈桜・真希・千夏の夏私服と所有楽器のイメージイラストを

ツイッターに公開中です。

*第2章-#3 を読んでからご覧いただくとより楽しめるかと思います。

斉藤 奈桜《さいとう なお》


高校二年生。いつも明るく、誰とでも仲良くなれる少女。

バンドではギター・ボーカルを務める。

佐倉 千夏《さくら ちなつ》

奈桜の同級生。学校ではおとなしい文学少女。

バンドではギター担当。

井川 真希《いがわ まき》

奈桜の同級生。薙刀部所属の文武両道少女。

バンドではベース担当。

富士森 天音《ふじもり あまね》

千夏のバイト先の店長の娘。高校一年。

バンドにはドラムのサポートメンバーとして参加。

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