何もないまま。#5 Side Yellow
文字数 1,219文字
……えっこれ喧嘩売られてる? 手が出てくるとは思えないけど、もしものためにとてんちゃんにベースを預け、先頭に出て構えの姿勢をとる。あたしと大して身長が変わらない男子は、「おーこわ」とおどけながら、話を続けた。
「自分ら、たしか初参加やんな? 初めてのバンドにしちゃ、演奏は上出来や」
挑発されたかと思えば、今度は褒められた。なんなんだこいつは。
「上出来やったんやが……正直自然体すぎや」
「……褒められてる?」
なおっちゃんが首を傾げると、間髪入れずに男子のツッコミが入る。
「褒めとらん、フツーすぎてつまらん言うてんの」
おどけた口調のわりに、内容は刺々しい。背後の三人の雰囲気が、ぴりっと張り詰めた感じがした。
「自分ら、練習どおり出来た言うてたな。なんで観てる人がおるのに練習と同じに出来んの? 観客の前で練習してたん? 人がいるからこそできることがあるんとちゃうの?」
畳み掛けるような言葉に、あたしははっとした。あたしが抱えていた違和感は、まさにそれだ。
環境が違うのに、スタジオ練習と同じ音、同じ演奏、同じ心持ち。
いつもとなにかが違ったんじゃない、初めてのステージなのに、『いつもと違わない』からおかしかったんだ。
「フロアの声、聴いてみ?」
男子に言われて、ステージからの音に耳を澄ます。曲中だというのに、フロアから歓声が上がってる。
「やつら、最近やっと技術が上がってきたバンドや。でも、初めて出たときから、あれくらいフロアは盛り上がっとった。今日、自分らのときはどうやった?」
言われるまでもない、あたしたちのときにあんな反応はなかった。またこちらに向き直って、彼は言った。
「自分らが何目指してるか、オレは知らん。音聴かせたいだけなら、今のままでもまあまあ聴ける。ただ、それだったらデモ音源でも作って売っときゃええ、ライブなんていらん。ただ……」
最初に声をかけてきたときと同じように、目を細めて、男子は続けた。
「ライブに出るなら、自分らには足りんことが多すぎる。それを自覚せいひよっこ」
返す言葉もなく、楽屋に沈黙が流れる。すぐにそれを破ったのは、彼を呼びにきた同じバンドの男子だった。
「コウ、それくらいにして。時間だから」
「おう……自分ら、わかったらさっさとフロア行け。自分らにはなにが足りんか、よう見とき」
入口を離れるとき、コウと呼ばれた男子はあたしとすれ違いざまにこう囁いた。
「自分は、気づいとったみたいやな」
何もかもお見通しのようだった。振り返って声をかけようとしたけど、彼は反対側のドアからステージに向かっていて、こちらを振り返ることはなかった。
「……あたしたちも行こっか」
あたしは背後に立ち尽くして動きそうにないなおっちゃんの手を引いた。ギターケースの取っ手を握るその指先は、真っ白になるほど力がこもっていた。
「自分ら、たしか初参加やんな? 初めてのバンドにしちゃ、演奏は上出来や」
挑発されたかと思えば、今度は褒められた。なんなんだこいつは。
「上出来やったんやが……正直自然体すぎや」
「……褒められてる?」
なおっちゃんが首を傾げると、間髪入れずに男子のツッコミが入る。
「褒めとらん、フツーすぎてつまらん言うてんの」
おどけた口調のわりに、内容は刺々しい。背後の三人の雰囲気が、ぴりっと張り詰めた感じがした。
「自分ら、練習どおり出来た言うてたな。なんで観てる人がおるのに練習と同じに出来んの? 観客の前で練習してたん? 人がいるからこそできることがあるんとちゃうの?」
畳み掛けるような言葉に、あたしははっとした。あたしが抱えていた違和感は、まさにそれだ。
環境が違うのに、スタジオ練習と同じ音、同じ演奏、同じ心持ち。
いつもとなにかが違ったんじゃない、初めてのステージなのに、『いつもと違わない』からおかしかったんだ。
「フロアの声、聴いてみ?」
男子に言われて、ステージからの音に耳を澄ます。曲中だというのに、フロアから歓声が上がってる。
「やつら、最近やっと技術が上がってきたバンドや。でも、初めて出たときから、あれくらいフロアは盛り上がっとった。今日、自分らのときはどうやった?」
言われるまでもない、あたしたちのときにあんな反応はなかった。またこちらに向き直って、彼は言った。
「自分らが何目指してるか、オレは知らん。音聴かせたいだけなら、今のままでもまあまあ聴ける。ただ、それだったらデモ音源でも作って売っときゃええ、ライブなんていらん。ただ……」
最初に声をかけてきたときと同じように、目を細めて、男子は続けた。
「ライブに出るなら、自分らには足りんことが多すぎる。それを自覚せいひよっこ」
返す言葉もなく、楽屋に沈黙が流れる。すぐにそれを破ったのは、彼を呼びにきた同じバンドの男子だった。
「コウ、それくらいにして。時間だから」
「おう……自分ら、わかったらさっさとフロア行け。自分らにはなにが足りんか、よう見とき」
入口を離れるとき、コウと呼ばれた男子はあたしとすれ違いざまにこう囁いた。
「自分は、気づいとったみたいやな」
何もかもお見通しのようだった。振り返って声をかけようとしたけど、彼は反対側のドアからステージに向かっていて、こちらを振り返ることはなかった。
「……あたしたちも行こっか」
あたしは背後に立ち尽くして動きそうにないなおっちゃんの手を引いた。ギターケースの取っ手を握るその指先は、真っ白になるほど力がこもっていた。