空白を埋める人。#1 Side Red

文字数 950文字

「あーあ、なかなかメンバー集めってうまくいかないね」

 ケーキをつつきながら、まきちゃんがため息をついた。
 あたしたちは練習の後、スタジオ近くのファミレスで作戦会議をしていた。今日やった曲の復習、他に演奏したい曲の相談、次回の合わせの日程、それから、ドラムメンバーの話。

「ちょっと今日は、タイミングが悪かったわね。普段だったら、あの子ももう少し冷静に聞いてくれるんだけど……」

 ちーちゃんも、苦笑いで答える。『あの子』とはもちろん、楽器屋の店長の娘さん、てんちゃんのこと。
 結局あの壮絶な言い合いの後、ちーちゃんが話をしに行っても面会拒否されて、バンド勧誘の交渉にすら漕ぎつけられなかったのだった。

「悪い子じゃないし、普段は仲良いのよ、てんちゃんと。ただ、ときどきああいうことがあると、時間をおかないとどうしようもなくて……」

 主に店長の悪絡みのせいね、と、今度はちーちゃんがため息。たしかに、あの店長さんのジョークは、ちょっとタチが悪い。あの親子の板挟みになるちーちゃん、結構大変そう……。

「でもさあ」

 空気を換えるように、まきちゃんが言った。

「改めて考えて、ギターもベースもドラムもできるって、めっちゃマルチじゃん! あれかな、楽器屋の子だからとか、お店継ぐとか、そういうこと考えてんのかな」
「ううん、そういうのじゃないみたい」

 ちなっちゃんが首を振った。それから、ちょっと言いにくそうに話を続ける。

「音楽も演奏も、自分で好きだからやってるけど……ひとりで全部をやりたいって、言ってたことがある」
「一人で?」
「そう、バンドじゃなくても、多重録音とかすれば、ひとりでも音楽はできるって。高校でも軽音とか部活に入らないで、ひとりでやってるらしいし……って、これは最初に言っておくべきだったわね」

 だからもしわたしたちの誘いも断られたらごめんなさい。ちーちゃんの声を聞き流しながら、なんとなく、もやっとした気持ちを感じていた。頭の中で、店長さんのとある言葉がリピートされる。

「そっかあ。てんちゃん、一人が好きなのかな……」

 あたしの脳内の声をかき消すように、まきちゃんがつぶやいた。

「好きで一人でいるなら、無理に誘うのも悪いのかな……」
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登場人物紹介

★アナウンス★

・アイコンイラスト(ちびキャラVer)を追加しました。

(2020/07/24)


・奈桜・真希・千夏の夏私服と所有楽器のイメージイラストを

ツイッターに公開中です。

*第2章-#3 を読んでからご覧いただくとより楽しめるかと思います。

斉藤 奈桜《さいとう なお》


高校二年生。いつも明るく、誰とでも仲良くなれる少女。

バンドではギター・ボーカルを務める。

佐倉 千夏《さくら ちなつ》

奈桜の同級生。学校ではおとなしい文学少女。

バンドではギター担当。

井川 真希《いがわ まき》

奈桜の同級生。薙刀部所属の文武両道少女。

バンドではベース担当。

富士森 天音《ふじもり あまね》

千夏のバイト先の店長の娘。高校一年。

バンドにはドラムのサポートメンバーとして参加。

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