夏が、はじまる。#5 Side Red

文字数 742文字

 ちーちゃんは、切れ長の目を少しだけ見開いて、それからふっと表情を緩めた。「ほんとは言うつもりなかったんだけど……」と前置きをしてから、彼女は言った。

「ほんとはやりたかったの、バンド」
「……え?」

 今度こそなにかの間違いだと思った。クールビューティー文学少女の発言とは思えない。
 いや、でも、これが本当の、あたしの知らない本当の彼女なのかもしれない。あたしは静かに、ちーちゃんの言葉の続きを聴いた。

「入学したときにね、そこ、少しだけ見学に行ったの」

『そこ』が軽音楽部のことだと、理解するのに一瞬かかった。

「え、ちーちゃんも見学行ってたの?」
「そう。でも入らなかった」
「……どうして」
「真剣に音楽に向き合ってる人がいなかった、気がしたの。真っ直ぐに音楽で何かを伝えようとする人が……」

 ちーちゃんは、またグラウンドを見やる。ネットの向こう側で、野球部が練習してるのが見えた。

「体育会系、とまではいかないけど、真面目に練習して、伝えたい音を追求して、誰かに届けて……って、やりたかった。だけど、そこにわたしのやりたい音楽はなかった。わたしがやりたいのは、あんな軽い『遊び』の音楽じゃない」

 そして彼女はまた眉をしかめて、

「ただちょっと楽器ができるからって、ろくに練習もしないでバランスも考えないで、ちやほやされたい集まりじゃない、あんなの」
「ちやほや、されたくないの?」
「されたいように見える?」

 自分で言っておきながら、うーん、首を傾げる。ちーちゃんは『ちやほや』とはちょっと縁遠いというか、美人なんだけど、自分からちやほやを求めなさそうというか……
 そんなことを考えてたら、ふいにちーちゃんが訊いてきた。

「ナオは、どっち?」
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登場人物紹介

★アナウンス★

・アイコンイラスト(ちびキャラVer)を追加しました。

(2020/07/24)


・奈桜・真希・千夏の夏私服と所有楽器のイメージイラストを

ツイッターに公開中です。

*第2章-#3 を読んでからご覧いただくとより楽しめるかと思います。

斉藤 奈桜《さいとう なお》


高校二年生。いつも明るく、誰とでも仲良くなれる少女。

バンドではギター・ボーカルを務める。

佐倉 千夏《さくら ちなつ》

奈桜の同級生。学校ではおとなしい文学少女。

バンドではギター担当。

井川 真希《いがわ まき》

奈桜の同級生。薙刀部所属の文武両道少女。

バンドではベース担当。

富士森 天音《ふじもり あまね》

千夏のバイト先の店長の娘。高校一年。

バンドにはドラムのサポートメンバーとして参加。

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