音を重ねて。#2 Side Red

文字数 1,214文字

 ちーちゃんが案内してくれたのは、『サウンドショップフジモリ』と看板がかかった、駅近くの小さな楽器屋さんだった。ところ狭しとギターやベース、奥にはキーボードや管楽器も並んでて圧巻。バンドスコアもたくさんあるっぽいし、いろいろ見て回りたいところなんだけど、

「でも、あたしたち練習しに来たんだよね……?」

 首を傾げるまきちゃんを、まあまあ、となだめて、ちーちゃんが店の奥のカウンターに近づく。

「店長」
「あれっ、サクラちゃん?」

 カウンターの横には、楽器のメンテナンスをしてるっぽい、くせっ毛のおじちゃんがいた。顔なじみっぽい感じで、ちーちゃんと少ししゃべって、こっちを見て、またしゃべって。
 しばらくしてから、ちーちゃんがこちらに戻ってきて言った。

「スタジオ空いてるって。五分くらいで入れる」
「へー、ここスタジオもあるんだ」
「地下に何部屋かね。バイト終わりに部屋が空いてたら、ギターの練習に使わせてもらってるの」

 ん? とまきちゃんが不思議そうな顔をする。

「ちなっちゃん、もしかしてここでバイトしてるの?」
「そうだけど……?」
「えっ、ちーちゃんそれ初耳なんだけど!」
「まあ言ってなかったから……」
「そうだったんだ! いや、なんか意外だわ、ちなっちゃん本屋さんとか図書館にいそうなのに」
「店長といい、みんなわたしのことなんだと思ってるの……」

 ちーちゃんが呆れたようにおじちゃんを見る。『店長』と呼ばれたおじちゃんは、近づくと「いらっしゃい」とこっちにひらひら手を振ってきた。

「こんにちは、佐倉(サクラ)ちゃんのお友達第一号さんと二号さん」
「へ……?」
「ほっといて。店長、わたしのこと『ギターと本しか友達がいない』っていつも言ってて、人間の友達連れてくるのは珍しいって」
「はあ? なにそれちょー失礼!」

 思わず大声を出しちゃったけど、店長さんは豪快に、言われたちーちゃんも呆れたように笑ってる。この二人のあいだでは、こんなジョークはいつものことなんだって気がついた。それにしても失礼だとは思うけど。

「まっ、お友達さんもこれからどうぞご贔屓に」
「贔屓はしますけど、二人にそういう冗談言ったら承知しませんから」
「厳しいねぇ、ほどほどに頼むよ」
「店長が軽口叩きすぎるのが治ったら考えますよ……あ、そろそろ下行くんで」

 よろしくお願いします、と挨拶をして、あたしたちは地下のスタジオに向かった。階段を下りながら、まきちゃんがひそひそと耳打ちしてくる。

「ちなっちゃんがあんなにしゃべるの、意外だよね」
「たしかに。こう、誰かと言い合うイメージがないというか……」
「聞こえてるんだけど」

 先頭にいたちーちゃんが呆れ顔で振り返った。あはは、とごまかすあたしたちに、ふっとため息をついてから、

「それだけ言い合える人が学校にいなかっただけよ……今までは、ね」
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登場人物紹介

★アナウンス★

・アイコンイラスト(ちびキャラVer)を追加しました。

(2020/07/24)


・奈桜・真希・千夏の夏私服と所有楽器のイメージイラストを

ツイッターに公開中です。

*第2章-#3 を読んでからご覧いただくとより楽しめるかと思います。

斉藤 奈桜《さいとう なお》


高校二年生。いつも明るく、誰とでも仲良くなれる少女。

バンドではギター・ボーカルを務める。

佐倉 千夏《さくら ちなつ》

奈桜の同級生。学校ではおとなしい文学少女。

バンドではギター担当。

井川 真希《いがわ まき》

奈桜の同級生。薙刀部所属の文武両道少女。

バンドではベース担当。

富士森 天音《ふじもり あまね》

千夏のバイト先の店長の娘。高校一年。

バンドにはドラムのサポートメンバーとして参加。

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