あの音は待っている。 #5 Side Red

文字数 1,060文字

「はあ……終わっちゃったね」
「終わったわね」
「完全燃焼だねぇ」

 いつもより重く感じる楽器を背負いながら歩く帰り道。あたしが呟くと、ちーちゃんとまきちゃんも口々に続いた。
 今まででいちばん多くのお客さんを前にした後夜祭のステージは、想像を遥かに超えて楽しかった。
 最初は興味なさげに見てるだけだった人が、途中から身体でリズムを刻み始めてたりとか、横で見てた先生たちもちょっと身を乗り出してたりとか。あの五分間で、あたしたちの一曲で、少しずつみんなの表情が変わっていくのが、たまらなく嬉しかった。
 初披露したオリジナル曲もすごく好評だったみたいで、ホームルームで「音源がほしい!」とか「次はどこで聴けるの?」とか質問攻めにあった。近いうちにデモ音源もつくっちゃおうかな、なんて妄想が広がる。

「みんなからおねだりされちゃったし、次のライブの計画も立てないとねぇ」

 まきちゃんも、完全燃焼って言ってただけあっていつもの覇気がない。珍しくふにゃっとした口調と笑顔でこっちを見るから、ちょっと笑っちゃった。つられてちーちゃんもふふっ、と微笑む。
 一人だけ、てんちゃんはむすっと黙ったままあたしたちの後ろをついてきた。どうしたの、とは訊かない。新しいメンバーを募集しなかったことをとやかく言われるのが目に見えてるから。

「……じゃ、ボクはここで」

 てんちゃんの家と駅までの別れ道で、てんちゃんがやっと口を開いた。まきちゃんが声をかける。

「てんちゃん、このあと打ち上げしようと思うんだけど、一緒に来ない?」
「いや、ボクはいい」

 予想通りの即答。まきちゃんは「そっかぁ」とあっさり引き下がった。

「今回のサポートお疲れさま会も兼ねてたんだけど……」

 まきちゃんは肩をすくめて、あたしに目配せしてきた。あたしは頷いて、てんちゃんに一歩近づく。

「てんちゃん、今回はサポートしてくれて、ほんとにありがとう。てんちゃんにいてもらって、ほんと心強かった。曲の譜面も作ってもらっちゃったし……」
「ほんとだよ」てんちゃんが即座に毒づく。「次の曲作るまでに、ちゃんとドラム譜作れるメンバー入れなよ」
「ううん。次はちゃんと勉強して、あたしが――ほかの二人と一緒にかもしれないけど――ドラム譜も書けるようになるよ。だから……」

 あたしはポケットに仕舞っていた手を出して、両手で包むようにてんちゃんの手を取った。

「だから、そのときはまた、あたしたちが作った曲を叩いてくれないかな」

 手を離すと、てんちゃんの手のひらで、黒い石のペンダントが街灯を反射して鈍く輝いた。
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登場人物紹介

★アナウンス★

・アイコンイラスト(ちびキャラVer)を追加しました。

(2020/07/24)


・奈桜・真希・千夏の夏私服と所有楽器のイメージイラストを

ツイッターに公開中です。

*第2章-#3 を読んでからご覧いただくとより楽しめるかと思います。

斉藤 奈桜《さいとう なお》


高校二年生。いつも明るく、誰とでも仲良くなれる少女。

バンドではギター・ボーカルを務める。

佐倉 千夏《さくら ちなつ》

奈桜の同級生。学校ではおとなしい文学少女。

バンドではギター担当。

井川 真希《いがわ まき》

奈桜の同級生。薙刀部所属の文武両道少女。

バンドではベース担当。

富士森 天音《ふじもり あまね》

千夏のバイト先の店長の娘。高校一年。

バンドにはドラムのサポートメンバーとして参加。

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