空白を埋める人。#8 Side Yellow

文字数 1,306文字

「これは……とんでもない強敵(ライバル)だね」

 曲が終わると、なおっちゃんがまたむずかしそうな顔でつぶやいた。この前とは違う、楽しそうな目で。
 初めて演奏したとは思えない、正確なテンポ、サビで最高潮に達する盛り上がり。小さい身体から繰り出してるとは思えないほどパワフルで、だけど他の音を掻き消さない絶妙なボリューム。そんなバランスも含めて、てんちゃんのドラムは完璧だった。こんな仲間(ライバル)がいたら、当面勝てないかもと思っちゃうくらいに。
 当のてんちゃんは涼しい顔で、スコアを見返して復習までしてる。

「……さすがね」

 ちなっちゃんも、どこか満足そうに微笑みながら声をかけた。目線を上げて、期待の目を向けられていることに気づいたてんちゃんは、我に返ったようにスコアを閉じた。

「いや、違う、ボクはもともと、三人いるなら誰かドラムやればいいじゃんって、言いにきただけで……」

 声がどんどん小さくなる。あたしたちから顔をそむけながら、てんちゃんはぼそぼそと続けた。

「でも、気が変わった。三人、並んでたほうがいい。一人ドラムに回ったら、見た目も音も、バランスが悪くなる」

 あたしたちは改めて鏡のほうを向いた。てんちゃんがドラムの位置にいる今、あたしたちは正真正銘「バンド」の形をしていた。最後の一人が、これで揃った……と思ってた矢先、「ただ」と、てんちゃんが語気を強めて続けた。

「ボクは、バンドには入らない。だからドラムのメンバーは頑張って探して」

 意志の強い目。そこは気が変わらなかったみたい。あたしがあからさまに肩を落とす隣で、なおっちゃんがてんちゃんに一歩近づいて話しかけた。

「ねえ、これは提案なんだけど……バンドに入らずに、本番にサポートをしてもらう、っていうのは、どうかな」
「……サポート?」

 てんちゃんだけじゃなく、あたしもちなっちゃんも、驚いてなおっちゃんを見た。

「サポートだったら、てんちゃんが一人で音楽する時間も、そんなに潰れないかなって」
「そうかもしれないけど……」
「それにね」

 てんちゃんの顔を覗き込んで、なおっちゃんは続けた。

「叩いてるときのてんちゃん、めっちゃ楽しそうで、カッコよかった。あたしは、楽しそうに演奏してるてんちゃんが見たいし、一緒にやってくれたら、心強い」

 なおっちゃんの声、あたしを誘ってくれたときと同じ、本気の声だ。てんちゃんはうつむいてしばらく考え込んでいたけど、顔を上げて口を開いた。少し不安そうに。

「ボクなんかで、いいの?」
「ううん。てんちゃんが、いいの」

 なおっちゃんの言葉に、あたしもちなっちゃんも後ろで頷いた。てんちゃんはそれを見てため息をつく。その顔は、気のせいかな、ちょっぴり嬉しそうに見えた。

「……わかった、そこまで言うなら、とりあえず次回はサポートする。スケジュールは、どうなってる?」

 てんちゃんの質問に、なおっちゃんが一瞬固まる。そして、困り顔であたしたちのほうを振り返った。この状況、なんか見覚えがある。

「それは……これから決める」
「……マジかよ」
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登場人物紹介

★アナウンス★

・アイコンイラスト(ちびキャラVer)を追加しました。

(2020/07/24)


・奈桜・真希・千夏の夏私服と所有楽器のイメージイラストを

ツイッターに公開中です。

*第2章-#3 を読んでからご覧いただくとより楽しめるかと思います。

斉藤 奈桜《さいとう なお》


高校二年生。いつも明るく、誰とでも仲良くなれる少女。

バンドではギター・ボーカルを務める。

佐倉 千夏《さくら ちなつ》

奈桜の同級生。学校ではおとなしい文学少女。

バンドではギター担当。

井川 真希《いがわ まき》

奈桜の同級生。薙刀部所属の文武両道少女。

バンドではベース担当。

富士森 天音《ふじもり あまね》

千夏のバイト先の店長の娘。高校一年。

バンドにはドラムのサポートメンバーとして参加。

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