第76話 バーバ・ヤガー恋愛方程式

文字数 3,512文字

タイトル『バーバ・ヤガー恋愛方程式』

 こんにちは、ストーリアの部員の成瀬川るるせです。本記事は毎年行われるストーリア「夏の企画」という〈夏フェス〉に寄せて書き下ろした短編小説。テーマもあって、その2023年のテーマは『ストーリア学園』!!
「学園なので定番の魔女っ娘を書く」と企画段階で一言プレゼンしたことだし、予定は変更せずにそのままで突っ走りましたよ!!
 ぜひ、ご堪能あれ。まあ、神話の骨格をなぞるものではないので、アカデミックに知る必要はないです。ただただ、お楽しみいただければ、それでオーケーです。ポイントとしては、日本ではあまり紹介されていない神や民話を素材としたところですね。で、それらを魔女っ娘のフォーマットに溶かし込みました。外国が舞台っぽいのに登場人物の名前が日本人なのは、「お約束」だからです。気にしないように(笑)。
 おっと、ついつい説明が過ぎたようですね。でわでわ、本文を、お楽しみください。



     ————バーバ・ヤガー恋愛方程式————




 ストックホルムに住むわたし、夏野すいかとそのわたしの友達・水野めろんちゃんは、それこそストックホルム症候群で結ばれていくのかもしれないなって思った。ストックホルムにあるストーリア学園在学中に常にわたしが思っていたことはそのことだったの。
 一般的にストックホルム症候群というのは、誘拐や監禁などにより拘束下にある被害者が、加害者と時間や場所を共有することによって、加害者に好意や共感、さらには信頼や結束の感情まで抱くようになる現象を指すの。
 鶏の風見鶏がくるくる動くストーリア学園高床式宝物殿のなかで、わたしとめろんちゃんは凍えるようなくちづけをしていたの。
「このキスは儀式だから」
 水野めろんちゃんがぶっきらぼうに言う。
「なんの儀式なの?」
 と、わたし。
「夏野すいか、あなたが魔法少女になるための」
「魔法……少女…………?」
「あー、ウソウソ。今の、忘れていいわ。ただ、すいかのこと、縛りたかっただけ。この宝物殿の宝具の呪力で、ね」
 もう一度、キス。今度は、舌を入れて、絡み合うキス。わたしが足腰立たなくなっていると、めろんちゃんは宝物殿を去ろうと入り口に進む。観音開きの扉を開けると、大きな青い月がめろんちゃんを照らしていた。めろんちゃんは先に出ていってしまう。自分の家に帰って温かいスープでも飲むのだろう。でも、わたしはまどろみながらさっきまでのめろんちゃんとのくちづけに酔っていたの。



 寒い夜の宝物殿のなかでぼえーっとしていると、冷たく尖ったものがわたしの頬を突く。なにかと思って見たら、それは魔法の箒だった。
「我が名はゲフィオン。北欧の女神。王ギュルヴィからメーラレン湖を奪いし女神ぞ」
「箒が喋った!」
「ヌシがバーバ・ヤガーになりたいという者か?」
「バーバ・ヤガー?」
 首をかしげるわたし。
「えーっと、魔法なんとかっていうのになるとかなんとかめろんちゃんが……」
「煮え切らぬ小娘よのぉ。よいよい、今宵の我が輩は機嫌がよいからのぉ、さずけようぞ、バーバ・ヤガー……、魔法老女の力をッッッ!」
「魔法、ろ、ろう? ろう、じょ? い、いやいやいや、ちょっと待って! それっておばあちゃんって意味じゃ……」
 魔法の箒は発光した。宝物殿を月の光よりまばゆい光で満たし、その光は収縮し、わたしの胸に収斂し〈取り込まれた〉のだった。
 ずっぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜ん!
「うっぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! 身体が皺々になっちゃったよぉぉぉぉ!」
 こうしてストーリア学園を守る正義の味方・魔法老女バーバ・ヤガーが爆誕したのでした。うぇーん。泣きそう。身体がしわくちゃで涙も涸れているけどね。ぐすん。



「ワッシッシ! このワシリータさまがこの学園を支配してやるワシよ!」
 現れたのは悪の組織の神格幹部・ワシリータ。どうもこのストーリア学園を支配下に起きたくてたまに校舎内やグラウンドで暴れる。ワイバーンなどの幻獣を連れてきて暴れることもあるの。

 でも、そんなときはわたしにお任せ!

「来て、北欧の女神・ゲフィオン!」
 ぴゅるる〜〜〜〜、っと魔法の箒が飛んでくるので、それを右手でキャッチするわたし。魔法の箒をくるくると手で回してから、構えて詠唱する。発光する魔法の箒と、それに呼応するようにコスチュームが出てきてわたしの身体に巻き付いていく。
「ゲフィオンマギアスペシャルチャージ! 華麗に加齢で大変身! 魔法老女、バーバ・ヤガー登場! ぴるるるるる〜ん!」
 普通の女子学生であるわたし、夏野すいかは魔法老女、バーバ・ヤガーに大変身する。
 ゲスな笑い声を発し、ワシリータはこう言う。
「ワッシッシ。今日こそバーバ・ヤガーを殺し、このストーリア学園を我が手中に納めるでワシよ!」
「いつもわたしに負けているじゃないの!」
「ええい、だまらっしゃい! 喰らえ、ワシリータキャノン」
 ワシリータが両手を組み前方にその手を伸ばして銃を撃つモーションをすると、巨大な火の玉が顕現し、わたしに向けて撃ち込まれる。ぎゃ、と声を出してから避けるわたし。火の玉は何度も撃ち込まれる。
「これじゃ埒があかないの。じゃあ、行くわよ、ゲフィオンプリティチェ〜〜〜〜ンジ!」
 魔法の箒が鬼婆の金棒とも言うべき〈スコップ〉になった。バーバ・ヤガー伝説にはスコップが出てくることがあり、そこから、この武器は生まれた。
「撃ち返す!」
 野球の要領でスコップを振りかぶり火の玉・ワシリータキャノンを撃ち返す。
 それは悪の幹部・ワシリータに直撃し、身体が燃え出し、焦げ焦げになる。
「覚えてろワシよーーーー!」

 こうして、今日もわたしは魔法老女となってこの学園を守った。生徒たちがバーバ・ヤガーの活躍を見ていない隙か、変身しているのが夏野すいかなのがバレないようにするのが地味に大変だけど、それでも今日も学園の平和を守ったのだ!

「うふ。でも、今日は違うわ、バーバ・ヤガー。スラヴの神格よ」
 周囲のどこから出ているかわからない声がこだまする。
「誰!」
「わたしはケルトの神格・スカサハ。バーバ・ヤガーを懲らしめに来たわ。……こぉんな風に、美しく、ね! 喰らいなさい、原初のルーン!」
 ピカー、っとペンライトの光のようなものがわたしの胴体に当たり、それから身体をなぞるように文字が刻まれる。この文字は〈ルーン〉だ。身体にルーン文字が刻まれた。
 爆発!
 ずっぎゃーーーーん!
 ルーン文字自体が爆弾のようになって爆発したのだ。
 今度は黒焦げになったのはわたしだった。
「ひぃ。どうしよう、バーバ・ヤガー、ぴーーーーんち」
 と、そこに、女生徒の声。
「すいかさーん、夏野すいかさーん。それに水野めろんさーん。どこにいるの〜? 次の授業始まっちゃうよー。移動教室だからみんな置いて先に行っちゃうからね〜〜〜〜?」
「移動教室! 次は理科室で授業だったッッッ!」
「ふふ、戦いはお預けのようね、バーバ・ヤガー。また会いましょう」
 こだまする声はいなくなり、気配も消える。
「た、助かったぁ……」

 魔法を解くと、わたしは老女から女子生徒に戻る。
 そこに駆け足で、水野めろんちゃんがやってくる。
「行きましょ、理科室」
「大変だったんだよぉ」
「そう。あ、そう言えば覚えてる? ……わたしとの宝物殿でのくちづけ」
 ドキン、と胸が高鳴った。
 うん、と言って頷くわたし。
「わたしもあの日からね、変わったんだ」
「変わった? めろんちゃんが?」
「そう。それはまるで加害者と被害者が疑似的な恋愛関係になってしまうような」
「…………そうなんだ」

 薄々気付いてきていたんだ、わたし。隣を歩くこの子、水野めろんちゃんが、突如現れたライバル、スカサハだってことに。
 でも、完全に気付くのはもっとずっとあとの話で。ストックホルムに住むわたし、夏野すいかとそのわたしの友達・水野めろんちゃんは、それこそストックホルム症候群で結ばれていくのかもしれないなって思うことになる、これはストーリア学園の魔女っ娘物語の、プロローグ。それは、神話と民話が紡いで大きくなっていく物語で……。





(了) 




……如何だったでしょうか。スラヴに「バーバ・ヤガー伝説」と呼ばれるものがたくさんあり、それに共通しているのが「バーバ・ヤガーはだいたい誰かと戦っている」のと「バーバ・ヤガーは誰なのか正体がわからない」というもので、それを〈魔法老女〉という〈戦う覆面の存在〉に読み替えてみました。作品の趣旨がわからなかっただろうと思われますが、そういう話だったのです。
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