第55話 フォークロアコレクト【3】

文字数 4,053文字

「盆踊りに行きましょう」
 奈落図書館〈司書〉折口のえるが不意にそう言うものだから、わたしは瞬発力だけで、
「嫌よ」
 と、答えた。
 ここは奈落図書館の中。
 のえるに会いに、この〈虚数空間〉にある奈落図書館まで出向いて、今、到着したところだった。
「盆踊りって。そこに〈都市伝説(フォークロア)〉がある、とでも言うのかしら」
 と、わたし。
「その通りよ、葛葉りあむ」
 わたしの名を呼び頷いた折口のえるは、ICレコーダーを放り投げた。
 わたしはそれをキャッチした。
「持っていきなさい。そして……そうねぇ、行き先にいるおばあちゃんにレコーダーを再生して聴かせなさい」
「は? 意味わかんないんですけど」
「今回コレクトする〈少女(フォークロア)〉は、おばあちゃんよ」
「おばあちゃん、ねぇ。少女ってわけでもなさそうだけど。おばあちゃんと言うからには、少女という言葉と相反するわね。で、おばあちゃんが少女(フォークロア)だとして、誰を? どんなおばあちゃんを?」
「その村に、独身を貫いたおばあちゃんが、ひとりだけいるの。その身柄を確保したいの。できるでしょ、りあむ?」
 はぁ、とため息を吐いてから、
「それじゃ今回の〈少女蒐集(フォークロアコレクト)〉に、行ってきますかぁ」
 と、わたしは誰にでもなく、そう呟いた。
「あ。で、行きましょう、と言うからには、ついてくるんでしょ、のえるも」
「あとで合流しましょう。わたしはまだやることがあるの。仕事が片づいたら行くわ」
「ふ〜ん」







「やってきたぜ、紀州!」
 特急電車から乗り継いで、わたしは紀州にある、とある村に下り立った。
 当該おばあちゃんを見つけるのはやたらと簡単だった。
 村のひとが言うには、そのおばあちゃんは変わり者だ、という。
 おばあちゃんの家に着く。
 平屋の一軒家だった。
「お邪魔しまーす」
 鍵もあいていたので、とりあえず中へ入って、
「ごめんくださーい」
 と、呼ぶ。
 すると、よぼよぼの、もう八十歳は越えてそうなおばあちゃんが出てきた。
「あたしゃぁ、盆踊りには行かないよ! 帰ってくんちょい、お嬢ちゃん」
「えー? まあ、そう追い出そうとしないで、とりあえず、これ聴いて」
 わたしがレコーダーを取り出す。
 おばあちゃんは家の奥へ引っ込んで行く。
 構わず、わたしはレコーダーのプレイボタンを押した。
 すると、歌が聴こえ出した。
 それは謡曲だった。







はー、
さてもめずらしい兄妹(おととい)心中
兄が二十一、その名はモンジ
妹が十九でその名はオキヨ
兄のモンテン妹に惚れて
恋がつもりて御病気となさる
そこで母親見舞いに上がる
これさモンジよ御病気は如何
医者を呼ぼうか介抱をつきょうか
医者も介抱も薬もいらぬ
一度逢いたい妹のオキヨ
そこで母上ひと間に下がり
オキヨ、オキヨと一声二声
そこでオキヨは見舞いに上がる
これさ兄さん御病気は如何
医者を迎おか介抱しよか
医者も介抱も薬もいらぬ
私の病気は千夜で治る
千夜いやなら一夜を頼む
ここでオキヨは腹たち顔で
これさ兄さんなに言わしゃんす
私とあなたは兄妹の仲
ひとに知れては大畜生と
親に知れては殺そと仰る
兄に似合いし女房もござる
私に似合いし夫もござる
私の夫は十九の虚無僧
虚無僧殺してくだしゃんしたら
一夜二夜でもサン三夜でも
そうてあげましょこれ兄さんと
言うてオキヨはひとまに下がり
髪を結うたりお化粧をしたり
さあさこれから支度にかかる
下に着るのは白羽二重よ
上に着るのは黒羽二重よ
帯は当世の筑前博多
にこ回してきちゃと性よくしめてよ
深い編み笠面手にかぶり
二尺五寸の尺八笛を
 勢多の唐橋笛吹いて通る







「んん? なんじゃこりゃ……」
 聴いても意味がわからなかった。
 あと、かなり方言が混じっていて、そのアクセントも独特で、歌詞が聞き取れなかった。
「あんた! どういうつもりだい!」
 奥から戻ってきたおばあちゃんが怒鳴る。
 わたしは言う。
「盆踊りに誘おうと思って、ね。今日、盆踊りなんでしょ、この村」
「フン! どうしても行きたいって言うなら、ついて行ってやるよ! 意味もわかってないようだからね!」

 と、言うことで、盆踊り会場に、わたしはおばあちゃんと向かうことになった。







 盆踊り会場に到着する。
 わたしとおばあちゃんの姿を見た村の人々が、目を丸くする。
 村の人々、と言っても、三十人くらい、いるかいないか、だ。
 矢倉の上で、太鼓と笛の音が鳴る。
 マイクもなしで、唄歌いが盆踊りの謡曲を歌う。
 それに合わせて、踊る村のひとたち。
 踊っている、その大半が老人だ。
 踊ってるひとたちを観ているのも、老人が多い。
 踊っているひとたちが、ちらちらこっちをのぞき見る。
 盆踊りと言えば、笑って踊るものだとわたしは思っていたのだけれども、わたしの横にいるおばあちゃんの姿を確認すると、ひとびとは泣くのをこらえて踊っているようだった。
 盆踊りを、孫らしき女の子と観ているおばあちゃんがいた。
 手を繋いでいる小さな女の子が、
「ねぇ、おばあちゃん。なんでみんな、泣いているの?」
 と、尋ねる。
 手を繋いだおばあちゃんが、女の子に答えた。
「よくあることだから、なのよ。そう、小さな村では、よくあることなのよ、そういうことは。この唄を覚えておくのよ。おおきくなったら、きっとわかるようになる。盆踊りは、ね。盆の時期に死者を供養するための行事なのよ。で、〈誰を〉供養する唄がここに伝わっているか。全国に伝わっているか。この村と似た歌詞を持つ唄が全国には、それはそれは多いんだよ……。それは、ね。それが〈よくあること〉だから、なんだよ……」
「わかんなーい」
 女の子がそう返した。
 うーむ、正直、わたしもわからん。
 そもそも、歌詞が聞き取れないし、ちゃんと聴いたこともなかったし、盆踊りの歌詞なんて。
 隣を見ると、連れて来たこのおばあちゃんは、
「フン。だから盆踊りは嫌いなんだよ……」
 と、矢倉の歌い手を観ながら、涙を流していた。

 後ろからわたしは声をかけられる。
「遅れたわ。到着。蒐集(コレクト)は成功したようね、りあむ」
 振り向くと、のえるだった。
 わたしの隣にいる当該おばあちゃんがのえるに言う。
少女収集家(フォークロアコレクター)けぇ、あんたら。そうけぇ」
「迎えに来ましたよ」
「そうけぇ。連れて行ってくれるんけぇ」
「ええ。そうよ」
 わたしは割って入る。
「ちょっと、のえる。意味がわかんないわよ」
「レコーダーに入ってた唄は、こことは別の唄だから歌詞が違ってわからなかっただろうけど、似たような歌詞の盆踊りの唄は、全国にある」
「その前に聞き取れなかったわよ。レコーダーの唄も、それに今謡われてるその歌詞も」
「仕方ないわねぇ」
 そう言うと、のえるはこの、今、矢倉の上で歌われているのと同じ唄を、矢倉の上の歌い手に合わせて、歌い始めた。
 それは、こんな感じの歌詞だった。







 国は京都の西陣町で
 兄は二十一その名はモンテン
 妹十九でその名はオキヨ
 兄のモンテン妹に惚れて
 
 それがつもりて御病気となりて
 三度の食事も二度となり
 二度の食事も一度となりて
 一度の食事も咽喉越しかねる
 
 オキヨオキヨと二声三声
 呼べばオキヨはハイハイと
 これさ母さん何用でござる
 兄の見舞いじゃ見舞いにあがれ
 
 言われてオキヨは見舞いにあがる
 あいの唐紙さらりと開けて
 三足歩いて一足もどり
 両手つかえて頭を下げて
 
 これさ兄さま御病気はいかが
 医者を呼ぼうか介抱しよか
 そこでモンテン申すには
 医者もいらなきゃ介抱もいらぬ
 
 わしの病気は一夜でなおる
 二つ枕に三つぶとん
 一夜寝たなら御病気がなおる
 一夜たのむぞ妹のオキヨ
 
 言われてオキヨは仰天いたし
 何を言いやんすこれ兄さまよ
 わしとあなたはきょうだいの仲
 人に知られりゃ畜生と言わる
 
 親に聞かれりゃ殺そと言わる
 友だちなんかに恥ずかしござる
 あなたに似合いし女房もござる
 わしに似合いの夫もござる

 としは十九で虚無僧なさる
 虚無僧殺してくれたなら
 一夜二夜でもさん三夜でも
 末は女房となりまする
 
 言うてオキヨはひとまず下がり
 髪を結うたりお化粧したり
 親ゆずりの箪笥を開けて
 下に着るのは白羽二重よ
 
 上に着るのは黒羽二重で
 当世はやりの丸つけ帯を
 みよにゃまわしてはびこと結び
 ぽんとたたいて後にまわし
 
 当世はやりの糸かけわらじ
 二尺あまりの尺八持ちて
 深い編笠面体かくし
 瀬田の唐橋笛吹いて通る
 
 そこでモンテンの目にとまる
 あれは妹の夫であろう
 これを殺せばオキヨはままと
 狙いこめたる六発玉を
 
 放てばギャーと啼く女の声で
 どこのどなたかお許しなされ
 言うてモンテンそばにと寄りて
 編笠とりてよく見れば
 
 思いこんだる妹のオキヨ
 妹のオキヨにだまされた
 ここで死ねばきょうだい心中







「ここ、京都じゃないけど?」
「バカね。設定は当たり障りないように、変えるでしょ、普通は」
 わたしは、のえるが歌ってくれて、よくわかった、ような気がした。
 それは、近親相姦の唄だった。
 まさか盆踊りって、こんな禁忌に関する内容を謡うものだとは思ってもいなかったので、正直、仰天した。
 気になったわたしは、のえるに訊く。
「で、タイトルは?」
「『モンテンとオキヨの兄妹心中』と、呼ばれているわ。よくある話よ。そもそも普遍性がなければ、盆踊りで謡うこともないでしょ」
「よくあること、か」
「小さな、閉鎖的だった昔の村では、よくあることだったし、今の社会の中だって〈ちょっとしたきっかけで、そういうことはよくあること〉なのに変わりはないわ」
「……知らなかった」
「蒐集は完了よ。帰りましょ、りあむ」

 村の人々は、こっちを向いてみんな、泣いていた。
 泣いている中、今回の少女蒐集(フォークロアコレクト)は完了した。
「やり切れない気持ちでいっぱいよ」
「人生なんてやり切れないことだらけよ、りあむ」
「そうね、のえる」

 盆踊りの音は、まだまだ続いていた。
 その中を、わたしたちはあとにする。
「そっか」
 わたしは世の中をまだなにも知らないんだな、と改めて思ってひとり、頷くのだった。
 そう、神話の時代から、ずっと続くような、そんな話だった。




(了)
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