第89話 大藪春彦の話:密室灯籠で書いた時期の直後

文字数 2,258文字

大藪春彦の話:密室灯籠で書いた時期の直後

 方々に書かないとならない文章も多くあるが、フリーライティングしてのーみそをデトックスさせる必要性を感じたので、今、これを書いている。
 ちなみに今から書く文章も、これもまた作家生命普通に吹き飛ぶ話かもしれないが、すごく面白い話だし、記しておかねばならない、と思って書く。

 どのくらい前だろうか。大藪春彦の小説が読みたいと思って、買って読んでいた頃があった。シリーズ物で『女豹シリーズ』と呼ばれるものがある。ハードボイルド小説を書きたくて、でも、女性が主人公の作品が読みたいと考えて、『伊達邦彦シリーズ』をかなり読んだあとに、女豹シリーズにも手を出した。ちょうど光文社文庫から出ていて、地元の本屋にも置かれていたのだ。
 地元の本屋で女豹シリーズを三冊、レジに持っていった僕。おばあちゃんの店員が、タイトルを見てから、真っ黒なビニールの包みをしてから、僕に本を手渡した。いつもは茶色の紙の包みなので、これはえっちぃ本であると勘違いしたのが明白だった。
「違う! 僕の性癖は女豹ではないよっ!」
 と心で突っ込みを入れてから帰宅した。さすがにそんなに尖った性癖は持ってないよ、僕でも。
 その頃、僕はスランプに陥っていて小説が書けなかった。うじうじと女豹を読み、それから部屋でウェブラジオをつけた。そうしたら声優の松来未祐さんが出演していて、僕にだけとてもタイムリーなことに収録ブースで「女豹のポーズぅ!」とやって、ほかの出演者たちから「松来さん! ぱんつ見えてる! やめて!」と怒られていた。女豹のポーズってなんだ、と言うのと同時になんとなくわかる感じがしたので、これはいつか松来さんのイベントに参加するしかないな、と思った。が、そのラジオが彼女のほぼキャリア最後の出演となってしまった。松来さんは、慢性活動性EBウイルス感染症という難病に冒されていて、まもなく亡くなってしまったのであった。

 僕が大藪春彦の女豹シリーズを思い出したのは、僕が東京から敗残して帰郷した直後に、話を戻さないとならない。

 東京で友達だと思っていた奴らにボコボコにされて、すべてを奪われて帰郷したあと、しばらく仕事をしないで、家にいた。昼間、テレビをつけたら、『知ってるつもり』というテレビ番組が放映された。その回は、大藪春彦のことを放映する、という。その番組は、毎回歴史上の人物などを取り上げて紹介して、その人物の生涯を振り返る、という趣向であった。流れとしては、司会の関口宏が番組の要所や終わりに、「さっ、ここまでいかがでしたか」とパネリストひとりひとりに感想を求め、最後にエンディングテーマ曲とともに関口が箴言調のまとめ文を朗読して番組を終えるというのがパターンになっており、そのパターンが当時、パロディとしていろんな媒体でネタにされていた。ネタにされるくらい有名な番組だったということだ。その番組で、大藪春彦が取り上げられる、という。
 僕はソファに座り、番組を観ることにした。
 すると、僕は田舎に引っ込んできたばかりだったが、東京でゆかりがあったひとが、テレビ画面で喋り始めた。
 番組では「当時を知る編集者は……」というテロップとともに、その編集者を映す。番組では一言も言及されなかったが、彼は大物編集者だ。大藪春彦の担当編集者としての登場だった。
 最前語ったように、『知ってるつもり』という番組は司会者とパネリストたちが映像のあとにごちゃごちゃそれっぽいことを話す、という内容である。もちろんここでもパネリストがその編集者を語る。確かに、その編集者は大藪の担当からキャリアをスタートさせたと聞いてはいたが、その当時にはすでに、役職的にめちゃくちゃ偉い人だった。なんの才能もない僕にも焼き肉を食わせてくれたことがある。だが、とにかく偉い人なので、正直パネリストどころかこの番組のプロデューサーより偉いポジションだったのではなかろうか。
 僕はソファでぼーっと観ていたし、内容は本気で真面目な内容だったのだが、途中からは思わずその場で腹を抱えてゲラゲラ笑ってしまった。あきらかに当時のエンタメ業界のボスのひとりだったそのひとに、パネリストたちも知ってか知らずか新米編集者という「てい」で話を進めていたのだ。テレビのショービジネスというのは、気をつけて目を光らせていないとならない、というのを、僕はそのとき、思った。これを書いている今、ここ数年でさらにショービズのメッキは剥がれてきていると思うが、〈焦点の当て方でまるきり変わって見えるのがショービズである〉というのを、僕は帰郷した直後に突きつけられて、番組終了後、笑っていたのが急に気持ち悪くなってトイレで吐いた。

 僕らは、その〈編集者〉の〈担当作家〉であった中島らもが、ほかの出版社で書いたあの名作『ガダラの豚』で描いた世界を、もう一度思い出さなければならない。

 ここで書いたことから派生して、僕はいろいろなことが書ける。けど、この話は尻切れトンボということで、今はこのくらいにしておきたく思う。
 ここで重要なのは、テレビで『知ってるつもり』を観てから、女豹を僕が買って読むまでのブランクは約十年あった、ということだ。僕の歩みは遅い。だからこそ、書けるタイミングで書けることはどこかに刻んでおかないとならない、と思い、書いた。フリーライティングのつもりが、エッセイっぽくなってしまったが、特に締めの言葉もまとめもいらないな、と考え、この項はここで閉じる。
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