第70話 フォークロアコレクト【4】

文字数 2,628文字

 わたし、葛葉りあむ。
 奈落図書館の司書、折口のえるのもとでゆえあって〈少女蒐集(フォークロアコレクト)〉の手伝いをしているの。
 奈落図書館は暗闇坂の異空間にある倶楽部タルタロスの一角にあるわ。
 今日も今日とて折口のえるの奴は、図書館カウンターに着席してティーカップで紅茶をすすっている。
「で? 今日はどんな〈少女(フォークロア)〉を蒐集すればいいのかしら?」
 わたしが図書カウンターを両手で叩くと、面倒くさそうに、
「〈聖骸布〉って知ってるかしら」
 と、ティーカップをソーサーに置いてから言った。
「聖骸布?」
「十字教の聖人が亡くなったときに包まれた布よ」
「外国に飛べって言うんじゃないでしょうね?」
「そうよ」
「マジで?」
「嘘に決まってるでしょ」
「言っておくけど、青森に飛んだりはしないわよね!」
「あら。そんな都市伝説知っているのね、りあむ」
「ほのめかせないで言いなさい。ちゃっちゃと済ますわよ!」
「聖骸布は、実際にはテンプル騎士団最後の騎士団総長、ジャック・ド・モレーの遺体がくるまれていた、という説があるの」
「それで?」
「それも含めて、テンプル騎士団にはいろんな伝説と逸話が残されているわ。美男王フィリップ4世の謀略によって全員処刑されたのだけれども、酷い拷問を受けてね。そのとき、無理矢理拷問で自白させたものだから、本当か嘘だかわからないことを騎士団のメンバーが言ったと言うわ」
「くどい! 用件はフォークロアの蒐集、でしょ」

 折口のえるは、長い黒髪をさらっとかき上げて、言う。
「フォークロアは少女のかたちをしている。その少女であるフォークロアを蒐集するのが、フォークロアコレクター。〈少女収集家〉であり、わたしとりあむが日本の闇の中枢たる〈暗闇坂家〉のためにすべきこと」
 わたしはじらして喋るのえるのことを観て、次の言葉を待つ。
「聖骸布は今、日本に来ているわ。お嬢ちゃん学校にある秘密結社の良いおもちゃになっているの」
「どういうこと? 少女には繋がらないわね、この説明じゃ」
「行って確かめて来て頂戴。〈少女蒐集(フォークロアコレクト)〉を頼むわ」
「行けばわかるのね」
「わかるわ。今回は都内よ」
「うげ。今、空気感染する流行り病が蔓延してる繁華街じゃないわよね」
「そうよ。池袋の女子高」
「うひー」
「いってらっしゃい、葛葉りあむ。わたしの愛しいフォークロアコレクターさん」
「うっざ」

 そういうわけで、わたしは暗闇坂を下って、池袋へと向かう。







「ここが池袋黒薔薇女子高等学校……件のお嬢ちゃん学校ね」
 門構えがしっかりしている校門の前に立つわたし。
 もちろん、監視カメラが作動していようが入っていく。
 堂々と入っていったからか、またはわたし自身がセーラー服を着ている女子高生だからか、普通に入ることが出来た。
 最近は流行り病のせいで、みんなマスクを着用しているから侵入するのには好都合だけど、誰が誰だかわからないってのも、考えものだなぁ、と思いはする。
「そうですわ。匿名性が保たれるということは、距離感が遠くなるということにもなりやすい」
 あれー、わたし、脳内駄々漏れで口に出してしまっていたか、とちょっと後悔。
「あなたはどなたかしら? 我が校の生徒とも思えませんけれども? その制服……、暗闇坂女子高のものね。と、なるとあの暗闇坂財閥の関係者かしら」
「そうねぇ。まあ、そうよ!」
 嘘は言ってない。
 実際はその暗闇坂家の下僕みたいなものだけど。
 わたしは暗闇坂家分家の折口家の、折口のえるの使いっ走りだけど、そんな説明をしているヒマはなかった。
 話しかけてきたお嬢様言葉の生徒に手を引かれ、校舎内に連れていかれた。
 あー、どこへ行くのだろう、と思っていたら、理科室だった。
「ここは化学部の部室でもあるの。ねぇ、暗闇坂家の方なら、助けていただけるわよね?」
 少女は言う。
 いきなりなに言ってんだこいつ、とは言えない。
 理科準備室とプレートに書いてある奥の部屋に入ると、5人ほど白衣を着た化学部の面々とおぼしき方々。
 そして、部屋の奥には、ボロボロの麻布と、それにくるまれた……おそらくは人間。
「テンプル騎士団の伝説はご存知?」
「逸話が多いと聞くわ。どのことを指すかさっぱり知らない」
 と、わたし。
「テンプル騎士団はその入団式に、男色に耽って初めてメンバーとして認められた、という伝説が残っているの。真偽のほどは確かじゃないけど」
 一歩前に出た白衣の少女が震えた声で言う。
「だからね……、わたしたちもしたの、現代のテンプル騎士団として、同性愛行為を。でも、おかしくなっちゃった」
「えーっと、性病とか?」
「それもある。その上で流行り病が移っちゃって。流行り病、抵抗力が薄まっているときにはすごく重症化するでしょ。で、性病の方も、男女か男同士じゃないと移らないって思ってて。でも、違くて……それで、サチコが部活中に倒れちゃって、死んじゃって。わたしたち、どうしていいかわかんなくて」
「よくわからないんだけど? どういうこと? なんでその布に包んでんの?」
「聖人の血は病を治すって伝説にあるから! パパに言ってもらってきたの」
 あー、じゃあ、たぶん、その聖骸布は偽物だろうなぁ、とは、わたしは言わない。
 そういうことか。
 実はここに来る前に、折口のえるからテンプル騎士団の小噺を少しだけ受けた。
 テンプル騎士団の秘密結社感は、グノーシス主義やマニ教、カタリ派の影響を色濃く受けているそうで、男女の性的な結びつきは悪であり、神の子は贖罪のためでなく、〈地上を否定するため〉に受肉したのだ、という話があるらしい。
 また、テンプル騎士団は、同性愛的な要素もあると言われている性的なシンボルとなる偶像を崇拝していた、とも言われていたらしい。

「モラトリアム女子が、どうしていいかわからない状態になっちゃってたところに、ちょうどよくわたしが現れたのね」
 わたしはため息をついた。
 神話の時代からときが過ぎ、秘義は秘密結社に受け継がれた、とは言うけど、これは神話的とは言えないわね。
 まさに、〈都市伝説(フォークロア)〉……ね。
 聖骸布の回収とは、要するに、この子の回収任務だったか。
 奈落図書館に回収されたら表向きは〈なかったこと〉になる。
 都市伝説が出来る過程にあったものが、本当にフォークロアになる。

 わたしは聖骸布だという〈それ〉に手を伸ばす。

 こうして今回の〈少女蒐集(フォークロアコレクト)〉は、幕を閉じる。
 今回のフォークロアコレクトも、後味激悪の一件だったのだった。



(了)
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