第37話 筆持て立て。剣を取る者は皆、剣で滅ぶ【第三話】

文字数 2,196文字





 精悍な顔つきの青年が、脇を歩く、少し猫背で澄んだ瞳で自分を見る小さい男の子に、言う。
「永遠の命が欲しいと思うかい、猫魔? 権力を欲しいままにした人間は皆、次は永遠の繁栄と、自身の永遠の命を欲しがるものだ。だがな、猫魔。わたしはこう思うのだよ。ぱっと咲いてぱっと散るからこそ、ひとの栄光は美しいのだ、と。永遠に生き続ける? ハハッ! 永遠に生き続けるなんて気持ち悪い。必衰だからこそひとはその一瞬のために人生を生きるのだよ。生まれてくるのはその一瞬をつかみ取るためだ。ゲームに負けたその敗残の死骸もまた、美しい。憎むべきは〈永久不滅〉だよ」
 小さい男の子は、青年の言葉に無言で頷く。
 アッシュグレイの前髪を垂らしていて、そこから覗く眼光は鋭い。
 子供だが、僕にはわかった。
 間違いなく、その子は幼い日の破魔矢式猫魔だ。
 猫魔と青年は文様の入ったポンチョのような服を着ている。
 青年が西洋魔術師なのは丸わかりだ。
「わたしの可愛い坊や。猫魔よ。お前もいつか成長する。そうしたら君はわたしのもとを去るんだ。いいかい? よくわたしの言葉を聞くんだ。〈汝の欲することを成せ〉。だが、それは〈永劫回帰〉でもある。瞬間が円環となり、無限に反復する。生まれ、生き、死ぬ。それを瞬間瞬間に繰り返すことにより、ひとは虚無から、意味にすがりつく負け犬の思考から、解放されるのだ、とね。それは永遠とは違う。永久不滅を標榜する者は全て嘘つきの道化師で……我々の敵だ。お前の手で首を絞めて殺してやると良い。わたしがいつもそうするように、猫魔も負け犬の思考の者に確実な死を与えてやれ。それは慈悲だ」
 青年が猫魔の頭をくしゃくしゃに撫でる。
 猫魔は返す。
「ハンバート。あなたのそばに、おれはずっといたいよ」
「猫魔。君の力が必要になったとき、わたしは再び君を迎えに来る。そのときは猫魔。この世界を共に滅ぼそう。人間に千年王国なんていらないからな。神が訪れるというのなら、その前に地球を滅ぼそう。最後の審判の復活が叶わないように、完膚なきまでに破壊しよう」
「わかった。約束だ。おれはハンバートと一緒にこの世を滅ぼす」
「この世、だけじゃない。神殺しを、我々はするのだよ。〈獣〉である我々が、ね」
 二人は荒れ地を歩いている。
 外国なのは間違いない。
 だが、そこがどこなのかは、傍観者たる僕にはわからない。
 地中海の近くかな、とは思うが、その確証は僕にはない。
「もうすぐ次の町につく。この町に〈救いの死〉を与えてやれ、破魔矢式猫魔。〈これを燃やすが良い。これでケーキをつくってわたしのために食べよ。これには効用がある。汝の祈りの香料で厚く包め。するとそれは甲虫やわたしにとって神聖な爬虫類が群がる〉。わかるな、猫魔?」
「〈ビブリオマンシー〉の術式の詠唱……だね。早く続きを詠唱してくれよ、ハンバート。おれが町の人間を一人残らず引き裂けるように」
「〈書物使(ビブリオマンシー)い〉の術式に自らかかりたいとは、物わかりが良くなってきたじゃないか。さぁ、お望み通り力を与えよう。詠唱を続けるぞ。……〈汝の敵どもを名指しつつ、これを殺害せよ。それらは汝の前に屈するであろう。また、これを喰らえば汝の中に情欲と欲望の力が溢れる。汝はまた戦いに於いて頑健ぶりを発揮しもするだろう。それらを長く保存すればするほどなお良い。なぜなら、それらはわたしの力を借りて肥大化するからだ。わたしの前に置かれたものは皆そうなる〉。……〈富める者が西方より来たりて、汝に黄金を浴びせかける〉。〈神の別の魂と獣が、球を携えた祭司の内で混淆する。別の王の君臨よ。鷹の頭を持つ神秘的な主に祝福の雨が降り注ぐことはもはやなく〉」
「くっ!」
 歯を食いしばる猫魔。
 呪力……魔力が全身に流れ、電流が駆け巡るような感覚が襲ってきているのだろう。
「〈わたしはテーベの主でありメンテュの霊感を受けた発話者である。ヴェールを脱ぐのは包み隠された空、真理の言葉を伝える自裁したアンクー・アフ・コンスである。わたしは召喚する、汝の現前を歓迎する。おお、、ラー・ホール・クイトよ〉!」

 極限の全能感が、破魔矢式猫魔を包み込んだ。
 ビブリオマンシーの術式が発動して、破魔矢式猫魔のフィジカルをブーストする。

「あああああああああああああぁぁぁぁぁぁァァァァァァァ!」

 咆哮。
 それは幼き日の猫魔の咆哮だった。
 走る、全速力で。
 柵で囲われた町の中に入っていく猫魔。
 その姿はまるで〈魔術の弾丸〉だ。
 柵の警備のひとに飛びかかる。
 ジャンプしながら手刀で水平に一閃すると、警備のひとの首が胴から離れ飛び、地面に転がった。
 胴の頸部の切り口から大量の血が吹き上がる。
 血が吹き出るのを見届けず、猫魔は着地する。
 町に侵入していく猫魔は、会う人間会う人間、手刀だけで胴を真っ二つに切り払っていく。
「必要なのは食料と水と……それに美女でも一人生け捕りにすれば、ハンバートは喜ぶ、かな」
 犬歯をむき出しにしてケタケタ笑う猫魔は、術式でトランス状態にいる。
 殺戮は続き、皆殺しにしていく。
 子供も老人も、等しく殺していく。
 命乞いをする町の権力者と、そのガードマンや町の警官の首を刎ねて。
 晒し首にしたところで、血の雨は止んだ。

「斬れば、ただの死骸だね」
 血まみれの全身を震わせて、幼き日の猫魔は満面の笑顔で、勝利を喜んだ。



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