第68話 ウィンター・ミッドナイト・マッドネス

文字数 3,948文字

これはnote神話部3周年記念祭のための作品です。
かたいことは抜きにして、楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。







 愛の女神・アフロディーテの息子、クピトは、今日も今日とて、アイマスクを付けながら恋の矢を放ついたずらをしていた。
 クリスマスシーズンということもありいつも以上にやたら撃った矢のひとつはオベロンを刺す。
 妖精王・オベロンは、膝にクピトの恋の矢を受けて、ティターニアという女性が好きで好きでたまらなくなった。
 十二月だというのに、心は熱くなるオベロン。
 オベロンは森のなかで、使い魔のロビン・グッドフェローを呼びつけた。
 嫌々ながらオベロンの玉座の前まで背中の羽根をぱたぱたさせながらやってくるグッドフェロー。
「なんすかぁ、妖精王・オベロン、我が主サマ」
「〈恋の三色スミレ〉が、ここにある」
「それ、危ない薬草っすね、主サマ」
「媚薬だから、な」
「嫌な予感がしてきました、主サマ」
「恋をする者は狂った者同様、頭が煮えたぎり、冷静な理性には理解しがたい、ありもしないものを想像する」
「イマジンしちゃったんすね、主サマ」
「わたしがまだ人間で、メロヴィング朝の魔術師であるアルベリヒだった頃、竜殺しのジークフリートに殺され、わたしは今のわたし、つまり、妖精王となったのだが、妃はおらぬままだ」
「だから、なんなんすかぁ?」



「この怒りを歌わんでなにを歌えと言うのか。この怒りを歌えと、クピトから授かった恋心が叫ぶのだ!!」



「くどいなぁ。要は好きな女性をゲットしたいからその媚薬でどうにかしろってことっしょ? で、ジークフリートと妃候補の女性、なにか関係あるんすかぁ、主サマ」
「ニーベルング族の秘宝をわたしは守っていたのだが、その秘宝をジークフリートに奪われたのだ。その秘宝こそが、幼き日のティターニアなのだ。あの好色なジークフリートの餌食となったのだ、年端もいかない、生娘と呼ぶにも若すぎるティターニアは」
「で、守ってたときは気付かなかったけど、クピトさんの恋の矢を受けて、ティターニアって子のことを愛していた、という自分の本当の気持ちに気付いたんすね……遅っ。たぶんめちゃくちゃ性行為しまくってますよ、そのティターニアって秘宝っ子」
「愛は全てを乗り越える!」
「男ってバカっすよね」
「黙らっしゃい! ティターニアを連れてきて、三色スミレの媚薬で我が物にするのを、手伝うのだ、ロビン・グッドフェローよ」
「僕も使い魔だしなぁ。仕方ないなぁ」







「簡潔こそは知恵の要。ジークフリートのいるっていう村にやってきたけど、どうもそれらしき奴はいないや」
 羽根でぱたぱた低空飛行をしながら、グッドフェローは辺鄙な村までやってきた。
 すると、十二月の村で手を繋ぎ歩く、カップルの姿があった。
「ねぇ、デミトリ」
「なんだい、ヘレナ?」
「クリスマスは用事かなにかはありまして? わたしはデミトリと一緒にクリスマスを過ごせるかしら?」
「ああ。一緒に過ごそう、ヘレナ」
 カップルの会話を聞いて、グッドフェローはため息を吐いた。
「なーんか、牧歌的だなぁ。好色だという竜殺しのジークフリートはどこにいるのやら。こんな村にいたら目立つはずなんだけどなぁ」
 と、そこで手をグーにしてポン、と叩くグッドフェロー。
「あ。この田舎娘をティターニアの成長した姿ってことにして主サマに差し出そう、そうしよう! その方が面白いやぁ!」
 かどわかす気が満々でカップルに近寄るグッドフェロー。
 三色スミレの媚薬を持って、デミトリという青年とヘレナという女性のもとに駆け寄って、
「やぁ、お二人さん! クリスマスシーズンだね! このスミレの花を買う気はないかい?」
 とかなんとか言う。
 いぶかしげな二人。
 だが、スミレの花をじーっと見たヘレナは、
「美しい花ね」
 と、目を輝かせる。
「スミレって、雑草じゃないの」
 と、デミトリ。
「もぅ、夢がないこと言わないの。こんなに綺麗に咲いてるスミレもないものだわ。いただくわ」
 と、ヘレナ。
「仕方ないなぁ」
 と、デミトリは言って、渋々財布から小銭を取り出し、三色スミレを買って、ヘレナに渡す。
 香りをかぐヘレナ。
「あれ? なにも起きない。おーい、お嬢ちゃーん」
 グッドフェローがヘレナの眼前に来て、手を振って気が確かか確かめる。
 なにも起こらない。
「じゃ、おれたちはこれで」
 手を繋ぎながら、去っていくデミトリとヘレナのカップル。

「あー。参ったなぁ。なにも起こりやしねぇやぁ」
 グッドフェローが悩んでいると、クピトが現れた。
「話は聞いたぜ、グッドフェロー!」
「あ。、クピトの旦那!」
「旦那はよせやい、この小間使い妖精! おれは神様なんだぜ、これでも」
「えー。キューピッドだから天使なんじゃないんすかぁ」
「それは西暦紀元が過ぎてしばらくしてからそうなったの! このクピトサマはれっきとしたアフロディーテママの子供だぜ!」
「愛の女神の……子供、かぁ。なるほどね。で、なにを聞いたので? ていうか、いつも目隠ししてますけどクピトの旦那。目を封じられてんのによく動けますね」
「心眼、がある」
「へぇ。オリエンタリズムって奴ですかい。で、なにを聞いたので?」
「あの小娘にテンプテーションをかけるのだろう? おれに任せろ!」
 そういうことで、歩いているデミトリとヘレナのカップルに近づくグッドフェローとクピト。
 弓を引くクピトは、びゅいーん、と弓をしならせて、矢を放つ。
 その矢は、見事、命中した!
 お約束通り、デミトリの方に。
「あー。旦那。やっちまった、アイマスクで目隠ししながら恋の矢を放ってるからこういうことに……」
 ごほん、と咳払いするクピト。
「連れて帰ろう」
「誰を、ですかい?」
「もちろん、成長したティターニア、だぜ」
「成長した姿はどうなるので?」
 肩をすくめるクピト。
「ティターニアは、〈男の()〉になった」
「つまり……」
「ティターニアはデミトリという男性として生きていたのだった!」
「あー! 言うと思ったッ!」







 森の奥のオベロンの玉座の前に、グッドフェローとともに現れたデミトリ。
 デミトリは叫んだ。
「おれ、好きっすから! オベロン王のこと、おれ、好きっすから!」
 えー、こいつこんなキャラだったっけー? と薄ら寒い笑みを浮かべるグッドフェロー。
「気に入った! そなたは〈男の娘〉として生きていたのか、ティターニア! 良い良い。愛でてやろう、さぁ、おいで!」
 玉座にデミトリをはべらすオベロン。
「いや、もうおいらになにも言わないでね、バカップル……」
 グッドフェローが森の城の王室から出て行こうとすると、
「待って!」
 と、女性の声。
「こんなの間違ってるわ!」
 ヘレナだった。
 誰だこいつを連れてきたのはーってああそうだよこれクピトの旦那だよそうに違いない間違いない、とグッドフェローは思う。
 神様というのは気まぐれで、それはアフロディーテという愛の猛者……女神の子供なんだから、楽しむためにこのくらいする、それは間違いない。
「好きです、グッドフェローサマ!」
「ですよねー。そういう展開ダヨネー」
 グッドフェローは口に出した。
「グッドフェローサマ! オベロン王は禁断の愛をはぐくんでいるのです!」
「あー、玉座だっつーのに〈いたしちゃってる〉もんね。見るに堪えないや」
「そうじゃないのです! デミトリは、ジークフリートが人間の身体に受肉した姿なのです! 二人は因縁の相手同士! しかも、王は受け身です! すなわち〈ネコ〉!」
「あー。そっかぁ、受け入れちゃったってことね、ティターニアラブなんて言いながら、男の娘にあげちゃったのね、身も心も……」
「……素敵」
「じゃあ、やっぱり君はティターニアなのかい?」
「違います」
「まー、そうセオリー通りの展開にはならないか」
「ティターニアは秘宝。隠されている存在。わたしの身体は、ただの田舎娘。ですが、こころにはティターニアの精神が宿っています!」
「は?」
「お確かめになられますか?」
「いや、レーティング的にそれはダメなんじゃないかな……って、うひーーーー」

 王がそうなったのを境に森の奥の王宮が大変なラブの巣窟になっているところ、にへらにへら笑うは愛の女神の子供、クピトのみ。
「さぁて、お楽しみを観るために、目隠しを外すか……」
 そう、伝承においてクピトが目隠しをしているのは、余計なものは見ないようにであり、好きなものは、そのいつも隠している両目で見るのだ。
「そう。おれが矢を放つのは、こういう光景を観るのが好きで好きでたまらないからなんだよなーーーー!」

 ラブがたっぷり注がれた森の奥の王宮では、たくさんの妖精が生み出された、という。
 これがメソッドに則った、神であるクピトが仕組んだラブコメディの姿であることには間違いなかった。
 英雄譚も妖精譚も、クピトの神話級恋愛術の前では形なしである。

 ……だが、非モテと呼ばれる筆者から言わせると、この手の喜劇を観ると「もっと怒りを歌えや!」と、殺伐とした気持ちに拍車がかかるのもまさに、十二月のこの時期が一年でもっともピークであることも付け加えておこう。



(了)







解説:なんでクピト(キューピッド)って目隠しをしてるんだ? という素朴な疑問から生まれました。タイトルはサマー・ミッドナイト・マッドネス……シェイクスピアの真夏の夜の夢、から取りました。妖精王オベロンは、竜殺しのジークフリートに退治される、ということから、この話を膨らませました。シェイクスピアの喜劇って、下世話なネタが多いので、そこを現代風に、如何にできるかがポイントでした。男の娘って、伝わるかなぁ、と一抹の不安を覚えつつ。では、よいお年を。成瀬川るるせでした。
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