第33話 フォークロアコレクト【2】

文字数 2,350文字

*この作品はSCP財団の、『アイテム番号: SCP-419-JPオブジェクトクラス: Safe』の〈SCP-419-JP - イースター島異譚〉を参照して書かれました。作者はSCP財団のblackey氏で、制作年月日は11 Apr 2016です。URLは: http://scp-jp.wikidot.com/scp-419-jp で、クリエティヴ・コモンズのライセンスに従って執筆しました。よろしくお願いします。


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 奈落図書館の司書、折口のえるは、わたしが暗闇坂の異空間にある倶楽部タルタロスの図書館内に入った途端、
「もやいちゃんを捕まえるのよ!」
 と、わたしを指さし言った。
「はぁ? 誰よ、もやいちゃんって」
 と、わたし。
「もやい像よ!」
「〈像〉? あの、渋谷駅にある奴?」
 のえるは言う。
都市伝説(フォークロア)は少女のかたちをしている。今回の〈少女蒐集(フォークロアコレクト)〉する対象はもやい像よ」
「でも、あれ、男性じゃない? イースター島にあるのを模したもやい像、確か男性のサーファーをイメージしてつくられたはず」
「とにかく、渋谷に向かって頂戴」
「えー」
「最近、渋谷で失踪事件が増えてるじゃない」
「テレビで報道されてるね」
「あなたのその〈魔眼〉で見極めてきて、失踪の正体」
「もやい像と関係あるの?」
「正確に言うと、見ないと判断し兼ねるわって状態ね」
「で、自分は忙しいから、わたしに丸投げなのね」
「お願い」
「仕方ないなぁ」
 じゃ、言ってくるわ、とだけ言葉を残して、わたしはこの異空間から外に出て、渋谷を目指すことにした。







 渋谷のバス停付近に、もやい像はあった。のえるが早くして、というから、夜の十一時、もやい像前に来てみたが、どうしろって言うのかしらね。
 わたしが突っ立っていると、後ろから女性が声をかけてきた。
「休眠状態の〈オブジェクト〉なの、ここにあるもやい像は」
 振り向くと、いまどきなかなかいない、ボディコンシャスなエナメルっぽい黒のタイトスカート姿で髪の長い、二十代後半そうな女性だった。
「あなた、〈倶楽部タルタロス〉の人間でしょ?」
 わたしは答える。
「はい。葛葉(くずのは)りあむ、って言います。〈少女蒐集〉に来ました」
「イースター島のモアイ像って、〈眼球〉をはめ込まないと機能しないの。だけど」
 女性はハンドバッグから、赤い宝石をとり出す。そしてハイヒールでつかつかと音を立ててもやい像に近づくと、宝石をもやい像の眼窩にはめ込んだ。
「最近、渋谷で失踪事件が流行っているわ」
「知ってる。けどそれがなにか? モアイともやいじゃ違うし」

 ボディコンシャスと会話をしていると、キャー、と叫び声。
 思わず悲鳴の方を見ると、
「消えた! 彼ピが消えちゃったぁ!」
 との声。
 渋谷で失踪って、本当に神隠しにあってるのね。
 って。
「んん?」
 わたしのオッドアの金色の方、〈魔眼〉で捉えると、どこからか発射された粘液が飛んでいき、人に張り付く。すると、その人間が塩をかけたなめくじみたく〈溶けて消える〉のが見えるのだ。
 がんがんひとが消えていく。
 もしかしなくても、そうだった。なにがって、もやい像にはめ込んだ〈眼〉から粘液が飛び出る。
 で、それが付着したひとは〈消える〉。
「ちょっと、これ、どういうことよ!」
「葛葉りあむちゃん、だっけ? 覚えておいて。一般にもやい像と呼ばれているのはSCP財団の〈SCP-419-JP〉という文献にある、モアイ像の〈怪異譚〉が〈本物〉であることを意味する」
「どういうこと?」
「わたしはエージェントよ、とある組織の、ね。〈少女蒐集家〉なんてやめなさい」
「なに言ってるの? あんたがもやい像に細工施したのが悪いんじゃん!」
「都市伝説は、〈存在する〉。タルタロスという異空間が〈存在する〉のと同じように、ね」
 もやいの眼窩から宝石を取り外すボディコンシャス。くすくす笑っている。
「この手のフォークロア、いくらでもあるわよ。最近の失踪事件、犯人がわたしだとでも思ったかしら。残念、違うわよ」
「でも、今、ひとを大量に溶かして消したわ!」
 宝石を手に持ち、投げて玩びながら、ボディコンシャスは言う。
「いろんな組織が跋扈し始めているの、この日本で、ね。〈少女蒐集家(フォークロアコレクター)〉は、あなただけじゃないし、そのフォークロアをつくっている組織もいる。そのほとんどは、人命なんて二の次よ。わたしだって、今溶かした人間を元に戻せない」
「なんなの? そのなんとか財団ってのが、悪者なの?」
「違うわねぇ。SCP財団は、真っ当なフォークロアをコレクションしている団体よ」
「あなた、どこの誰?」
「わたしは室生素子(むろうもとこ)。所属組織は魔術結社〈知恵の輪〉」
「知恵の輪?」
「そう、これ以上深入りするなら、あなたのその〈神の回路に接続する眼〉をくり貫こうかしらね」
「なっ!」
 身構えるわたし。
「嘘よ。今のところは。〈知恵の輪〉は、〈暗闇坂倶楽部タルタロス〉とその下部組織〈奈落図書館〉に敵対する用意もできている、とだけ、折口のえるに伝えておいて」
「のえるを知っているの!」
「わたしの弟子ですもの。覚えているわ。それじゃ、またね」
 魔眼は捉える。踵を返して去っていく室生素子の腰には、狐の尻尾が伸びていることを。


 あとで知ったことだが、SCP財団とは、フォークロアの膨大なデータベースを作成している財団だった。〈モアイ像〉は眼をはめ込むと動くもので、人間を粘液で捕食する、という都市伝説があり、その詳細なデータが、その財団のデータベースにはあった。
 わたしはなにも知らなかった。こんなにも〈神の回路〉に通じる話さえ。
 のえるにだけ任せちゃいけない。わたしもフォークロアを知っていこう。
 これはそう思う一件だった。



(了)
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