第21話 年越し時空かいろす!

文字数 3,359文字

 大晦日だ。
 天気は晴れで、窓から外を見ると夜空の星々がおれのためにきらめいているかのようだ。
 おれは下界のジャパンにある木造アパートの一室で、こたつに入っている。
 おれの両足には翼がついているので、本当はこたつもそれはそれで翼が焦げないか心配なのだが。
 なんで両足に翼がついているかって?
 それはおれがオリンポスにも祭壇がある〈時間の神〉だからだ。
 名前をカイロス、という。
 寝転がってこたつに入り、こたつのテーブルの上をまさぐる。
 あった、みかんだ。
 引き寄せたみかんの皮をむいて、食べるおれ。

「ひょーーーーーーーーー!!」

 奇声がしたかと思うと、二階にあるおれの部屋の、さっき見ていた窓にタックルしガラスを割って、そのまま転がって室内に入り込んで、じいちゃんが颯爽と現れた。
 割れた窓ガラスから吹き込む冬の風。
 転がってまるまっていたじいちゃんは起き上がり、僕に言った。
「ひょー。カイロス。ご無沙汰じゃなぁ」
「はぁ。誰かと思えばクロノスじいちゃんじゃん」
 長く白いあごひげを伸ばして、左手に杖、右手に鎌を持った物騒なじいちゃんだ。
 ていうか杖とか鎌とかあるならこれで窓ガラスを割ればよかったのでは、と思うが、商売道具なので使わないのだろう、と思う。
 クロノスじいちゃんも、おれと同じ〈時間の神〉だ。
 河の神が農耕神と混同され生まれた屈強な老人。
 紆余曲折が、クロノスじいちゃんをじいちゃんたらしめた。
 泣けてくる話だ。
「窓ガラスは割ったが、謝りはせぬ。謝るのはカイロスの方じゃからのぉ。校内の窓ガラスを机で割りながら通っている学校の校舎を回ったりしおってからに、この小僧。盗んだバイクで走り出す前に注意しにやってきたのじゃよ。もう、おまえの担任教師ではないが、のぉ」
「割ったガラス代、払えよな」
「ひょひょひょ。おっと、こたつにあるのはみかんじゃな。冷凍みかんの方がぶっちゃけおいしいぞ」
「なにがぶっちゃけおいしいだよ、いらねぇよ、そんな主観的なぷち情報は」
「ひょひょひょ、時間神の恩師として、今年は蛇酒と酢の物を持ってきたわい。一緒に大晦日を年越ししようぞ」
「時間神の恩師として? はぁ。まあ、クロノスじいちゃんは学校の先生だしな。時間に関する用件なしで生徒の部屋に来るわけないよな。時間に関係したなにかなんだろ、その蛇酒と酢の物」
「如何にもじゃ」
「一応説明願おうか」
「ふむ」
 こたつに入り込むクロノスじいちゃん。
 おれの対面に座る。
 おれも半身を起こして、向かい合う。
「蛇酒はウロボロスを漬けた酒じゃ。ウロボロスとは世界の時間をループにしてしまう蛇じゃ。そして酢の物にした霊魂は永遠に限りなく近い高次元の概念であるアイオーンじゃ。こいつらがいると〈年越し〉ができぬ。ウロボロスは一年を何度も繰り返そうとするし、アイオーンは今を永遠にしてしまおうとする。わしの右手の鎌で刈り取らねばならなかったのじゃ。で、ぶっ殺したから蛇は酒に、霊魂は酢の物にしたのじゃよ」
「で、一緒に酢の物を肴に蛇酒を飲むわけだな。いいぜ、クロノスじいちゃん、飲もう」
「おうよ、我が生徒よ」

 ウロボロスの酒を飲み、酢の物を食べてどんちゃん騒ぎをしていると、部屋をノックする音がした。
 どうせ新聞や、なにかの機関誌を購入しろとか言う団体だろうと無視していると、ノックが強く、連打になってきた。
 酔って良い感じになってきたおれは、ふらふらとした足取りで玄関へ。
 鍵を開けて、玄関のドアを半開きにした。
 立っていたのは、おれのクラスの風紀委員長、秩序の女神のホーラさんだった。
 その隣で、泣いている男性神がひとり。
 男性神はデミウルゴスだ。
 ホーラさんは僕に唾を飛ばす勢いで怒鳴る。
「デミウルゴスくんが泣いちゃってるじゃない! それはねぇ、時間神たちが造物主・デミウルゴスくんのつくった怪物を惨殺したからなのよ! 聞いてるの、このバカ二柱! あんたら殺したウロボロスとアイオーンを食してどんちゃん騒ぎをやらないでくれないかしら? 鬼なの、あんたら?」
 どうやらウロボロスとアイオーンはデミウルゴスがつくったらしい。
「二柱って、殺したのはクロノスじいちゃんだぜ? なぜおれまで」
「はぁ。窓ガラス破壊して、それをウロボロスのループでタイムリープして未来を変えようと、そのためにウロボロスを造物したのよ、デミウルゴスくんは。それに、アイオーンは、カイロスくんのことが好きなデミウルゴスくんがその自分の気持ちに嘘を吐かないで、永遠にしよう、として造物したの! けなげじゃない! けなげなこんな子が泣いているのを無視する気?」
 おれはあきれた。
 デミウルゴスがおれのことを好き?
 面倒すぎる……、それでホーラさんがデミウルゴスを連れて押しかけてきたのか。
「無視する気ってなぁ。おれは異性愛者だからデミウルゴスの気持ちにはこたえられねーし、窓ガラスを割ったのはなぁ、おれが〈切断の神〉でもあるからだよ。あの窓ガラス、呪われてたぜ、おれの親父、ゼウスにたぶらかされたオンナどもの生き霊で。鏡じゃなくてガラスも反射して顔が映るじゃんか。あれで察したよ、生き霊の顔ががびしーっと敷き詰められるように並んでるんだもんよ。親父はいかれてるし、最高神がそんな奴だって学校は、破壊した方が良い」
「ゼウス様になに言ってるの! 冒涜だわ」
「親父に憑いた生き霊がおれにもしつこく回ってきてたし、絶好のチャンスだと思ってね。ガラスは割って回った。いいじゃん、おれの部屋の窓ガラスも、クロノスじいちゃんが破壊したよ。おあいこ、おあいこ」
 ホーラさんはおれに尋ねる。
「カイロス、あなた、デミウルゴスくんの好意を踏みにじったのよ? わかってるの?」

 ため息交じりでおれは言う。蛇酒で酔ってたせいもある。
「うぜぇ、うぜぇ。ガラスは新品に取り換えろ。絶好のチャンスだからな。そして、今年を終わらせないでループさせようなんて、本当に勘弁な。永遠の気持ちもいらねぇ。チャンスは掴むもんだ。そんな〈まじない〉みたいな時空の歪み方をさせても」
 息を飲むホーラさん。話に聞き入っている。
 おれは続ける。
「これじゃぁ、今年と来年を〈結ぶ〉ことができねぇ。ウロボロスで自分と自分を結んでりゃ世話ねぇぜ、なあ? デミウルゴス。劣悪なる造物主さんよ」
 デミウルゴスは無言で泣き崩れた。しゃがんで、玄関先でわんわん泣いている。
「これ、どうせゼウスの洗脳だぜ。ゼウスの末子のおれにはわかる。〈円環の理〉も〈永劫〉も、おれはいらねぇ。今日を明日に〈結んで〉繋げたいだけだ。ホーラさんとデミウルゴスも、年越し蕎麦でも食ってけよ。デミウルゴス……おまえの造物した蛇や霊魂、おいしかったぜ。結婚すれば良い〈主夫〉になれるぜ、間違いない」
 おれが言うと、デミウルゴスの泣き声がいっそう大きく、響いた。

 除夜の鐘が鳴り出す。
 ジャパニーズ・大晦日と言えば除夜の鐘だぜ。
「さ、立てよ、デミウルゴス。ホーラさんも食ってけよ、年越し蕎麦。今からつくるからさ」
 デミウルゴスに手を差し伸べるおれ。
 デミウルゴスはおれの手を掴んで、立ち上がった。
 しゃっくりを繰り返している。
 それを横目に見ながら、おれは笑んだ。
「明日来る来年に〈結ぶ〉ために、今という時間を捧げようぜ。捧げる相手は、別に最高神でもねーし、各自適当に感じ取ってくれ」
 腕を組みながら、「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽ向くホーラさん。
「あんた、それはデミウルゴスと……わたしを同時に口説いているってことで良いかしら?」

おれは言う。
「絶好のチャンスだと思ってね。おれは絶好の機会を、支配する神だからな」
「ずるい。最低な男ね。……だけど、年越し蕎麦をいただくわ。来年が訪れたら帰るから」
 ホーラさんも、笑った。
 クロノスじいちゃんは、こたつで丸くなっていびきをかいていた。
 デミウルゴスは、泣きやんだ。
 目が真っ赤だ。

 玄関から部屋のなかに入るホーラさんとデミウルゴス。
 四柱が揃い、おれは蕎麦を茹でにキッチンへ行く。
 除夜の鐘はまだ鳴っている。
 いまのうちに年越し蕎麦をつくるぞ。
 明日へ、結ぶんだ、必死に今を享受して。
 それが時間って奴の正しい乗り越え方だと思うから。

(了)

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