第66話 他人の快不快原則に抗って趣味を楽しみ執筆することについて

文字数 1,446文字

 僕は、小説を書き続けることを目標にしている。
 「書き続ける」ことがどれほど大変なのかは、物書きの方ならみんな、ご存知のはずだ。
 同時に、「書かずにはいられないひと」は、「どんな環境下でも書いてしまう」し、書けなくても「物語を思い描いてしまう」ものだ。
 僕も、そういったひとりである。

 僕の場合、アカデミックなものとサブカルチャーがごちゃ混ぜであるような小説を書いていることがほとんどだ。理解されないことも多い。
 器用にそのふたつをわけて書くことが出来る人間ならいいのだが、僕は不器用で、「混ぜるな危険」みたいなことをしてしまうし、しないと自分でつまらなくなってしまう。
 自分でつまらないと思ってしまうことほど、つらいことはない。
 なので、サブカルとアカデミックなものを混ぜることはやめない。
 そうすると、問題としては、「どこに送ればいいかわからない作品が生まれる」という、クリティカルな問題とぶつかる。ぶつかりつづけている。
 カテゴリエラーもいいとこだ。あきらかに僕はどこに原稿を送っても「お呼びでない」ことになる。
 投稿サイトに小説をアップロードするようになって、読んでくれる方がいてくれる今の僕は、恵まれている。新人賞が取れないとしても、だ。

 いきなり話は飛ぶが、僕はソーシャルゲームをプレイしている。僕はアニメは友達のみんなが思うほど観てなくて、漫画もほとんど読まない。ただ、ゲームはしている。ソシャゲ、と呼ばれるものを中心にプレイしている。
 ゲーム性もあることはあるが、基本的には文章を読んでいくゲームだ。PCのノベルゲームと、あまり変わらない。だが、ゲームごとに派閥があるらしく、僕はたまに「キモオタ」とそしりを受けることがある。

 「オタク同士の慣れ合いとか、そんな好きじゃないけど」、でも、同じオタクなのに好き嫌いでキモいと言い合って罵り合う文化は、好きじゃない。

 僕はアマチュアだが、小説書きである。僕の書いたものを笑ったり僕の趣味を笑う奴は、大抵、そいつもオタク文化に触れたことのある奴だ。
 小説を書いていれば、普通の反応なら「頑張れ!」と言うのが健全なのじゃないだろうか。オタク文化に触れて拒絶反応を起こしたのか、派閥が違うオタクなのかはわからないが、楽しんだり頑張っている奴をバカにするのはいただけない。

 僕は、プレイしているソシャゲのss(ショートストーリー)を書いていて、むしろ、そこで小説の勉強をしている。
 それをどう取るかは読者次第だが、自分の中では、勉強のつもりだ。
 「何々をお手本に一次小説を書く」では、あいまいになって、勉強にあまりならないな、と言うのと、それがひとによっては「逃げ」になるので、僕は「ゲームの設定や世界観を出来るだけ壊さずに二次創作を書く」という、時間がひたすらかかるが、特に褒められることがないことをしている。それが設定を使いこなすための勉強になると思っている。

 そういうことで、僕はその歩みは遅くとも、誰かの胸に刺さる小説をつくれるようになるために、今日もどうしようもないくらい他人には意味不明にも思える修業をしているのであった。

 なお、これは「多様性を考える」タグで参加する原稿だ。多様性と言ったとき、セクシャリティやジェンダーのことだけを考えてしまいがちなひとが多い印象を受けるが、「画一的に物事を捉えない」こと、「最初から決めつけない」こと、そういったことが多様性だと考え、この文章を綴った。理解していただけると、望外の喜びだ。
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