わたしたちの運命
文字数 2,947文字
茉凜の身体に落ちたもの、それは雷などではなかった。私の心は、その事実に震えながら深く掘り進めていた。
「茉凜には、多くの特異性がある。それについては、明も理解していると思う」
明は無言で頷いた。
「茉凜が持つ予知にも等しい能力。それがこれまで彼女を守ってきた。明ほどの達人の剣が掠りもしないなんて、普通はあり得ない。昨日の出来事でそれが明らかになった。そして、俺の黒鶴の安全装置として機能していた点も、今まで根拠がなかった。しかし、もっと多くのことがある。血族でないにもかかわらず、場裏の存在を認識できること。そして、俺や明、洸人とさえも、直接的な接触を通して精神的な感応やイメージ伝達ができることも……」
証拠を積み重ねるように語る私の声は、冷たく無機質で、心の痛みを隠しきれなかった。言葉の一つ一つが、私自身の苦悩を反映していた。
明は険しい表情を浮かべたまま、沈黙を保ち続けた。一方、茉凜は両手で顔を覆い隠していた。力の入らない左手が微細に震え、彼女の心の動揺が伝わってきた。
私は、自分が彼女をさらに傷つけていると感じていた。それでも、美鶴という存在が全ての原因であることを明確にしなければ、前に進むことはできなかった。
「それでも、茉凜は間違いなく、普通の人間だ」
「だったらどうして……。わたし、こわいよ……」
茉凜の震える声に、私は必死で心を落ち着けようとした。彼女を安心させたかった。運命の残酷な仕打ちだとしても、それが彼女にとっての力であり、私を守ってくれる力だと伝えたかった。
だから私は、彼女に告げた。彼女の存在意義、私と対になる存在であることを。私たちが出会う運命がどれほど深い意味を持つのかを、たとえそれが私の心を押しつぶすとしても。
「落ち着いて聞いてくれ、茉凜。お前の中に宿った力の正体は、解呪の成就に必要な最後の欠片、マウザーグレイル……根源が至るべき場所と時を指し示す羅針盤、すなわち導き手だ」
「ええっ!?」
茉凜は驚愕の声を上げて立ち上がった。顔は青ざめ、口を両手で覆い隠し、その震える手が彼女の驚きを物語っていた。
その瞬間、彼女が受けた衝撃とその重さが、私の胸に深い痛みとして響いた。明は目を見開き、何とも言えない表情を浮かべながら拳を握りしめた。
「わたしが……? 導き手って……」
茉凜が理解できないのも無理はなかった。
「姉上が失敗したのは、根源を元の世界へと導く手が存在しなかったからだ。しかし、それは全くの無駄ではなかった。その存在が呼ばれて、雷という形で茉凜の中に入り込んだ。……俺はそう捉えている」
「あの雷が、うそでしょ……」
「それ以外の説明がつかない。茉凜の、未来の時間と場所を覗き見るような特殊な力の理由も、それで説明がつくし、全ての情報がその一点に集約される」
明は疲れた様子で呟いた。
「そうだね、状況証拠の積み重ねでしかないけれど、弓鶴くんの言うことは正しいと思う。そうじゃなければ、なにもかも説明がつかないわ」
「俺は、茉凜と出会ったとき、導き手である可能性についてまだ疑っていた。あまりにも出来すぎている。まるで、根源が意図したかのように、俺たちは───」
私がそう言いかけたとき、茉凜が震える声で切り出した。
「じゃあ、わたしたちって……」
私は寂しく笑いながら答えた。
「俺たちの出会いは、黒鶴の器と導き手の出会いは、最初から決まっていた……」
茉凜は言葉を失った。その無言の瞬間が、私の罪悪感と苦悩をさらに深めた。
私は取り返しのつかないことをしてしまった。その懺悔の気持ちをすべて伝えたかった。
「結局、姉上の行いが、茉凜の人生を破壊してしまったんだ」
私は吐き捨てるように言った。茉凜は、呟くように答えた。
「そんなこと、ないよ……」
「えっ……」
私は、茉凜に平手打ちされてもいいと思っていた。怒りを露わにして、私を罵って欲しかった。彼女の目に映る私が美鶴ではなく、弓鶴であったとしても、そうして欲しかった。
しかし、彼女はそんなことはしなかった。むしろ、優しそうに微笑みを浮かべた。私にはそれが信じられなかった。なぜ、こんな時にこんな事を言われて、微笑むことができるのか。どうしてなのか、私には理解できなかった。
茉凜は優しい声で言った。
「たしかに、弓鶴くんの言う通りなのかもしれないね。でも、私は悔やむとか怒ったりはしないよ。というより、嬉しいかな。だって、そのお陰で弓鶴くんと会えたんだから」
「茉凜……」
私の心の中で叫びが響いた。
「なんでそんなことを言うの。私はあなたのそれまでの楽しかった人生をすべて台無しにしてしまったのよ。笑顔なんて向けなくていいのに、どうしてなの……」
茉凜の無垢な微笑みが、私の苦悩をさらに深めた。彼女の優しさに圧倒されるばかりで、何も言えずにいた。それが、私を一層切なくさせた。
黙っているしかない私に、茉凜は続けた。
「それと、またお姉さんのことを悪く言ってるね。それは良くないよ。あなたのためを思って、命をかけてやったことなんだから」
茉凜の言葉が、静かに私の胸に沁み込んできた。彼女はいつも、優しい声で私の心の奥底に触れる。けれど、その優しさが時に痛い。私は知らず知らずのうちに、自分を責めることで逃げ道を作っていたのかもしれない。
茉凜の裏表のない心と純粋な優しさを、私はよく知っていた。彼女がこう言ってくれることを、心のどこかで期待していた。しかし、それに縋りたくなる自分と、そんな自分が情けなくも感じられる自分がいた。それが、どうにもならないくらい嬉しい気持ちと交錯していた。
私はその感情を必死に押さえ込みながら、彼女の優しさに深く感謝していた。それでも、自分の罪深さから逃れられるわけではないという現実と、茉凜の笑顔が私を引き裂くように感じられた。
「そう言ってくれると、姉上も報われる。ありがとう、茉凜。」
茉凜は頷いた。
「うん、わたしからもお礼が言いたい。ありがとう。こうして話をしてくれて、いままでわからなかったことが、いろいろすっきりした気がするよ」
「そうか……」
「物事に無駄なことなんて、きっとないんだよ。いろんなことが繋がって、今のわたしたちがいるんだ。これが運命だっていうなら、私はそれを受け入れる。だって、新しいわたしになれたんだから。それに、わたしがみんなのために役立つなら、がんばらなきゃね」
茉凜の瞳は、まるで何かから解放されたかのように輝いていた。
私の愚かな行いが、茉凜にもたらしてしまった運命。私はそれを否定的に捉えていた。でも彼女は、そんな残酷な運命の嵐をものともしなかった。前向きに捉えようとしていた。それが茉凜らしさで、私が心から惹かれた、とても素敵でかっこいい彼女なのだ。
私は再び茉凜に救われた。そして、この瞬間に私たちの結末が完全に定まってしまったことを、感じずにはいられなかった。もう、そこにしか終わりはない……。