第6話 繋がれた命
文字数 1,865文字
しかし、私には剣に対して剣で応える自信も、確固たる裏付けもなかった。
「私は父さまから剣を教わっていないのよ……。それどころか、触れることさえ許されなかったのだから」
私の言葉に、ヴィルはじっと耳を傾け、深い溜息をついた。彼の声は低く、落ち着いたものだった。
「なるほど、あいつらしいな。剣を取るということは、それ相応の覚悟が必要だ。最前線で敵の矢面に立ち、傷つくことを怖れてはならない。あいつは、それを嫌というほど味わってきた。だから、お前にはそんな辛い思いをさせたくなかったんだろう」
その言葉が私の心に深く響いた。前衛の死亡率が高いことは、よく知っていたし、ヴィルの手が傷だらけであることからも、その厳しさがひしひしと伝わってきた。
父さまが私に剣を触れさせなかったのは、私を守るためだったのだろう。その優しさが、今となっては痛いほどに伝わってきた。
ヴィルは剣を見つめて続けた。
「それに、これは斬るための剣じゃないな。普通に考えれば、あいつがこれを実戦に持ち出すなどありえない。きっと、最後の時も何本もの剣を使い分けて戦っていたはずだ。折れればすぐに捨てて次の剣を取る。そうでなければ、絶え間ない戦いで生き残るのは難しい」
私は無言で頷いた。
「だが、ついには全ての剣が折れて、この大切にしていた剣を取るしかなかったんだろう。お前を守りたい一心でな……」
再び頷くしかなかった。その通りだった。ヴィルの言葉に込められた深い理解が、私の心に染みる。
「そして、刃に相当する部分が無いところから見て、おそらくこれは剣ではない。俺の予想が正しければ、剣の形をした【魔導兵装】だ。違うか?」
ヴィルの洞察と見立ては正しいと納得するしかなかった。
「何もかもお見通しということね」
「ああ、あいつとは長い付き合いだ。これを大切にしていたというからには、それなりの理由があるはずだからな」
彼の言葉には父さまへの深い理解が感じられた。それでも、私は動揺を拭いきれずにいた。
「それが分かっていて、どうして? この剣を見れば、私が魔術師で、剣士ではないことくらいわかるでしょう?」
私の持っている力は本当は魔術じゃない。この世界の魔術の理とは別のもの。でも、そう言うしかなかった。
「そんなことは承知の上だ」
ヴィルの言葉には一切の揺らぎがなく、まるで何かの確信を持っているかのようだった。その姿勢が逆に私を困惑させる。
「そんなの、無茶苦茶よ……」
私は感情の波に飲まれるような気持ちだった。どうして彼は私にこんな要求をするのか。その問いが頭の中でぐるぐると回り続けた。
「そうでもない。お前はずっと親父を見てきたんだろう? あいつが剣を握る姿を。それだけじゃない。日常の何気ない仕草や癖とか、身体の使い方。そういったものが子供には自然と受け継がれるんだ。結局、親と子というものはどこかで繋がっている」
私は幼い頃の記憶を必死に呼び起こす。
父さまの姿が、まるで昨日のことのように鮮明に蘇る。鋭い眼差し、骨張った大きな手、そして華麗な動きと流れるような剣筋。それらすべてに、私は深い憧れを抱いていた。
私は隠れて、小さな手で木刀を握りしめ、父さまの真似をして素振りを繰り返した。それが、私にとって父さまとの繋がりを感じる唯一の方法だった。木刀を振るうたびに、父さまの剣の舞を思い浮かべ、自分もその一部になりたいと願った。
前世の記憶を取り戻してからは、手慰み程度の古流武術の技術も取り入れ、自分なりの形を模索してきた。それでも、まだ実戦で使える域には達していないのは明らかで、自分の未熟さを痛感するばかりだった。
「確かに、見てきた。でも、それだけじゃ……」
「見ていただけでも十分だ。特にお前のように強い意志を持っているならなおさらな。お前の中には、あいつの血が流れている。俺が見たいのはそんな繋がれた命なんだ」
ヴィルの言葉が私の心を強く打った。
父さまが私に託した命、その重みを感じながら、私の中に受け継がれたものが本当に存在するのなら、それを証明しなければならないと強く思った。
彼の期待に応えたい、そしてこの剣が私の一部であることを証明したい。ここで退くわけにはいかない。心の奥で、一つの決意が芽生えた。
「いいわ。その申し出、受けようじゃない!」
私の言葉には強い意志と確固たる決意が込められていた。