第17話 ヴィルとユベルと剣の友情と真実
文字数 8,302文字
ヴィルの鋭い眼差しが、まるで私の内側をすべて見透かしてしまうかのようで、正直なところ、怖くなってしまったのかもしれない。でも、その恐ろしさの奥に、彼の強さが頼もしく映り、どこか憎めないところがあった。何より、彼が父さまと繋がりを持っているという事実が、私にとってとても大切なものだった。
そして、私自身の成長のためにも、ヴィルとの関係を断ち切りたくなかった。どんなに怖くても、逃げ出すわけにはいかなかった。
そんな複雑な気持ちを抱えながら、私は作り笑いを浮かべた。その笑顔が本心からのものではないことを、自分でもわかっていたけれど、今はそれが精一杯だった。
その後、ヴィルは何も聞いてこなかった。ただ、私の作り笑いを受け入れるように、黙ったまま時が過ぎていった。
それからというもの、私たちは毎日一緒に狩りに出て、魔獣と戦って、お昼ごはんを一緒に食べて、街に帰ってからは夕ごはんを共にして、その後は少しお酒を飲んで、いろいろな話をした。彼はお酒が入ると、とても饒舌になった。
ヴィルは酒器を傾けながら、父さまの過去を語ってくれた。私は、父さまがどんな人だったのか知りたくてたまらなかったから、興味津々で聞いていた。
私の知っている父さまは、山奥の小さな小屋で、母さまと仲睦まじく過ごし、暇さえあれば剣を振っている姿や、私をおんぶして森の生き物や植物について教えてくれたこととか、優しいけど怒ると怖かったこととか、普通の親子の情景しか知らなかったから。
「俺は東の辺境の村の剣術道場に生まれた。けど親父とは折り合いが悪くてな、喧嘩ばかりしてて、勢いのままに家を飛び出しちまった。それからというもの、俺の人生は放浪の連続だった。各地を渡り歩いて武者修行しながら、傭兵やハンターとして名を上げていった。向かうところ敵なしで自信満々だった俺は、力を証明するために、もっと強い奴との戦いに飢えていた。今思えば俺も若かったんだな」
ヴィルにそんな血気盛んな時機があったなんて驚きだった。とても冷静で落ち着いた雰囲気の今の姿からは、とても想像できなかった。
「そんなある日、南の大国リーディスに、『閃光』と噂されるユベル・グロンダイルという強者がいると耳にした。あいつは国家騎士団に所属していて、その実力で勇名を轟かせていた。俺はこの機会を逃すまいと思ってな、挑む決意を固めてリーディスへと向かい、接触するチャンスを伺った」
父さまが騎士団にいたなんて、初めて知った。それもあの文化の最先端といわれているリーディス王国の。その事実に私はびっくりした。
「そして、酒場であいつを見かけた。仲間たちと陽気に話す姿からは、なんの覇気も感じられなかった。俺は『こんな程度か』と高をくくって、挑戦状を叩き付けた。その瞬間、あいつの周囲の空気が一変した。凄まじい闘気が立ち込めて、俺は武者震いが止まらくなった」
私にはなんとなく理解できた。本当に強い人というのは、見た目ではなかなかわからないものなんだろう。
「だが、あいつは俺の申し込みを拒んだ。そんなに戦いたいなら騎士団に来いと言いいやがった。馬鹿にしやがってって、腹が立ったな。俺は国家騎士団になぞ興味の欠片もなかったが、その挑戦に燃えた。それに、生意気で格好だけの騎士連中の鼻を明かしてやりたいって思ったしな」
その反骨精神と挑もうとする気持ちは、私にもわかる気がした。私だって挑発されたら黙ってはいられない。
「あいつの推薦で騎士団に加わった俺は、瞬く間にその実力を示して頭角をあらわした。だがな、あいつだけは俺にとって超えられない壁だったんだ。初めてあいつと打ち合った時は、そりゃあもう、こてんぱんにやられたもんさ」
にわかには信じられなかった。ヴィルの強さは父さまと同格だと思っていたから、驚きだった。
「俺の剣がどれだけ速く激しく振り下ろされても、あいつは一分の隙も見せず、逆に確実にカウンターを入れて来るんだ。水面を滑るような変幻自在さで、まるでつかみどころがない。俺の攻撃は簡単にかわされて、受け流されてしまう。どれだけ必死に技を繰り出しても、あいつの動きはまるで踊るようで、俺は完全に手玉に取られていた。俺は自分の未熟さを思い知ったよ」
彼が語る父さまの戦いぶりが、私の記憶を呼び起こし、その動きが手に取るようにわかった。
「けどな、それが逆に俺の闘志を燃やしたんだ。それから毎日、諦めずに打ち合いを繰り返した。不思議なものでな、俺はだんだんとあいつに対して強い信頼と友情を抱くようになっていったんだ。あれほど憎たらしくて、倒したい相手だったというのにな。もちろん、いつだって勝ちたいとは思っていたさ。だがな、それ以上にあいつと剣を交える毎日がとても楽しかったんだ。そうして、気づけば俺はあいつと対等に渡り合える力を手に入れていた。嬉しかったな……」
過去に思いを馳せるヴィルを見ていて、私は心が温かくなった。
言葉でなく剣で語る友情って、なんだか素敵だなと思った。父さまもきっと、彼に特別なものを感じて、騎士団に誘ったのだろう。その直感は間違いなかった。
「そして、俺は奴の副官として、数多の戦場を共に駆け抜けた。あいつのおかげで俺は強くなったし、ずいぶんと成長できたと思う。辛いことも多かったが、そのすべてが貴重な経験だった。あいつとの日々は、俺にとってかけがえのないものだ。あいつとの出会いが俺の人生を大きく変えたと感じている。あいつはただの上官ではなく、師匠であり、信頼できる仲間であり、唯一無二の友だったんだ」
私は少し涙がこぼれそうになった。ヴィルが語る父さまは、私が知っていた以上に大きな存在だった。私は父さまの娘でよかったと心から思った。
でも、そこからヴィルが語りは始めた話に、私は衝撃を受けた。
「そんなあいつが、なんであんなことに……」
それまで饒舌だったヴィルが急に黙り込み、苦悩の表情を浮かべていた。私は急な話の転換に動揺し、不安を感じた。
「なにがあったの?」
私が尋ねると、ヴィルを視線を逸らした。私は父さまの身に降り掛かった事を知りたかった。でも心の反対側では
怖れていた。
「知りたいか?」
私はこくりと頷いた。
「言っていいものどうか悩んだんだが、娘のお前には知る権利がある。話そう……」
そして、ヴィルは手にした酒器に目を落としつつ、話を続けた。
「二十年ほど前、リーディスの西方の国境一帯で魔獣が大発生したんだ。後になって『西部戦線』と呼ばれるようになる戦いの始まりだ。ユベルは王家直下の銀翼騎士団の右翼リーダーとして赴いた。俺も副官として付き従った。だか、そこは地獄だった……」
「地獄……」
「ああ、とんでもない数の魔獣が、津波のように押し寄せてきたんだ。それもいつ果てるともなくな……」
私はその光景を想像して、身震いがした。私が今まで相手してきた魔獣の群れとは、とても比べ物にならない。
「近隣の村々と人々は次々と魔獣に蹂躙されていった。俺とユベルは必死に戦った。三日三晩、休息無しで戦い続けたこともあった。その甲斐もあって戦線はなんとか維持できたが、絶え間なく続く戦いと伸びた補給線のせいで兵站が滞ってしまってな、兵士たちは食うにも困る有り様だった」
彼が語るその惨状を聞きながら、私の胸は締め付けられるような痛みを覚えた。地獄のような戦場で、彼が何を見、何を感じたのか想像するだけで苦しくなった。
「ユベルは何度も上に掛け合ったが、物資の補給は思うに任せなかった。みんなが苦しむ姿に、あいつは怒りと焦燥を抱えていた」
ヴィルの言葉に、私は息を呑んだ。
「ミツル、食うに困った兵士がどうなると思う?」
私にははっきりとした答えが思い浮かばない。きっと戦うどころではないはずだ。
「兵士たちの中には、略奪に走る者も少なくなかったんだ。人間極限に追い込まれると、生きるためには何でもやってしまう。それが戦場の狂気みたいなものだ」
ヴィルの目は、過去の辛い出来事を思い返して辛そうだった。
「ユベルはその惨状に耐えられず、戦線を俺に任せて少ない手勢を連れて、規律を犯した連中を片っ端からしょっぴいていった。そして、逃げ惑う人々には身銭を切って保障して、退路を確保したんだ」
父さまがどれほどの犠牲を払い、どれだけの困難を乗り越えて人々を守ろうとしたのか。父さまは単なる騎士ではなく、国を守り人々を守る真の英雄だ。
「俺はユベルの行為に感動を覚えたよ……」
ヴィルの声には深い尊敬が込められていた。
「あいつこそが本当の騎士だと思った。しかし、その行動が将兵たちの反感を買った。『何を出過ぎた真似を』、『戦線を放り出すとは何事か』とな。それに、ユベルの活躍と出世を妬む連中にとっては、格好の機会だった。あいつは命令違反と戦線放棄の咎で左遷されて、本国送りにされた」
私は動揺を隠せなかった。
「そんな理由で? なんてひどい。だって父さまは正しいことをしたんでしょ? なのに左遷だなんて……」
私の声は怒りと悲しみで震えていた。
「その通りだ。こんな理不尽がまかり通るなんて、騎士団なんてくそだと思ったよ」
ヴィルは怒りを込めて冷徹に言った。
「だが俺は、ユベルが最後に託してくれた言葉を心に刻んでいた。『どんなことがあっても国を、民を守ってくれ』ってな」
ヴィルの言葉は私の心に深く響いた。父さまの決意と覚悟。そして友情。
「そして、ようやく魔獣の発生は収束し、戦いは終わりを迎えた。俺は本国に帰り、ユベルに報告したかった。『俺は約束通りやリ遂げたぞ』、とな」
ヴィルは素晴らしい人だと私は思った。ところが、そこで彼の表情が険しくなった。
「だがな、本国に戻った俺を待っていたのは、信じられない話だった……」
ヴィルの表情が一気に険しくなった。
「なにがあったの?」
彼は少し躊躇った後に答えた。
「ユベルが王家の第三王女をさらって、行方をくらましたっていうんだ……」
その言葉が耳に届いた瞬間、私の胸の奥に冷たい刃が突き立てられたような衝撃が走った。何もかもが一瞬で崩れ去り、足元から地面が消え去ったような感覚に襲われた。
そして、気がつけば、私は叫び声を上げていた。
「嘘だっ!」
その声は、自分自身への必死な拒絶の叫びだった。
まるで暗闇の中に引きずり込まれていくような、そんな怖ろしさに必死に抗おうとする私の精一杯の抵抗だった。
ヴィルの視線が一瞬揺らぎ、そしてその口元が微かに歪んだ。彼は言葉を選びながら、慎重に続けた。
「俺だって信じられなかったさ。でも、否定したくても、その噂はとっくに世間に広まりっていて、どうにもならなかった。話を聞かされた時には、あいつには多額の懸賞金がかけられいて、お尋ね者になっていたんだ」
その言葉が私の心に突き刺さるたび、冷たい衝撃が波のように押し寄せてきた。手のひらが震え、息が詰まる。胸の中に抑えきれない感情が渦巻き、爆発寸前のような感覚に襲われた。
「父さまがそんなことするはずがないっ!!」
私は感情を抑えきれず、テーブルを力任せに叩いた。声が酒場の喧騒の中で響き渡り、その音が酒場の静けさを破り、叩きつけられた拳のやるせない痛みが、私の混乱を余計に引き立てた。
ヴィルの冷静な視線が私の感情を静かに受け止めていた。
「当たり前だ。ユベルの行動には必ず何かの理由があると信じていた。だから俺は事の真相を確かめるために、騎士団を辞めて旅に出たんだ」
その言葉に、私の心は少しだけ救われた気がした。
ヴィルが父さまを信じてくれていたこと――その事実が私の心に温かな安堵をもたらした。たとえすべてが敵に回ったとしても、彼は揺るがない確かな友情を持っていてくれていたのだ。
「だが、どんなに探し回っても、あいつの行方は杳として知れなかった……。それでも俺は諦められなかった。だから、今まで各地を彷徨って、ずっとあいつを探し続けてきたんだ」
「そ、そんなに……? あなたは父さまのためにそこまでしてくれたの?」
涙がこぼれそうになった。二十年近く、父さまの無実を信じ続けてくれたヴィルに対して、感謝の気持ちが溢れて止まらなかった。
ヴィルは静かに頷きながら、穏やかに言った。
「当然だろう。あいつは俺の友であり、尊敬する騎士なんだ。あいつの名誉を守るためなら、俺はどんな苦労だって厭わない」
彼の決意は本物だった。彼の言葉に、心の中でふわりと安堵の感情が広がった。
しかし、私の心にはある強い決意が根を張っていた。
「私、決めたわ。リーディスに行く」
その言葉を口にした瞬間、ヴィルの驚きに満ちた反応を目の当たりにした。
「何だと? お前、気は確かか?」
彼の口元が少し開き、言葉を失ったように見えた。私はその反応に一瞬驚き、言葉を続ける前に少しだけ息を呑んだ。
「……ええ、私は父さまの無実を証明する。このまま黙ってなどいられない」
私の声は決然と響いたが、内心では彼の反応に対する少しの不安も抱えていた。ヴィルの表情は更に深く困惑し、彼の口がわずかに動いた。
「待て」
ヴィルの声が低く、かつ強い調子で発せられた。
「どうして? こんなの絶対に許せない。ひどすぎるじゃない」
私の心は怒りと不安でいっぱいになり、その感情をどこかにぶつけなければどうしようもなかった。
「いいから落ち着け。行ったところで何になる。町の真ん中でユベルは無実だと叫ぶつもりか?」
ヴィルの声には私の焦りを見透かす鋭さがあった。それでも私の心は収まらない。
「だったら、城だろうが王宮だろうが乗り込んで、直接王様にぶちまけてやる!」
私は自分の怒りを隠すことができず、声を荒げていた。
「お前は馬鹿か? 王宮に殴り込んでどうなるっていうんだ? 何の証拠も無いままで、それで信じてもらえるとでも思うのか? いいから、落ち着いてよく話を聞け」
彼は深呼吸をしながら、私の目をじっと見つめ、確かな重みを持って私の言葉に反論した。冷静になれという強いサインだった。彼は手を軽く組みながら話を続けた。
「話は変わるが、お前の母親について知りたい」
ヴィルの言葉に、私は思わず身体を硬くした。彼の声がどこか冷静で、でもその冷静さが逆に私の不安を引き出すようで、心の奥にひっそりと潜んでいた恐れが目を覚ました。
「どうして? あなた、何が言いたいの?」
私は必死に自分を保とうとしたが、声は震えていた。ヴィルの問いかけが、私の心の深い部分にある何かを掘り起こそうとしているようで、身の置き所がなくなった気がした。
「お前のお袋の名前が知りたいんだ」
彼の静かな言葉は、私の内に秘めた不安を静かに揺さぶり、その影を私の心に広げていった。
「それに何か意味があるっていうの?」
問い返す私の声は、心の奥深くから湧き上がる恐れを隠すための必死な努力のようだった。ヴィルの冷静な視線が、私の内に潜む事実に一歩ずつ迫ってくるようで、その鋭さが私をさらに追い詰めていく。
「俺はな、お前がユベルとその王女の子供なんじゃないかと考えているんだ」
その瞬間、私の心は文字通り凍りついた。ヴィルの言葉がまるで鋭い刃物のように私の心に突き刺さり、混乱と恐怖が一気に押し寄せてきた。心臓は激しく鼓動を打ち、息が詰まりそうになり、身体が震えるのを止められなかった。
ヴィルは私の反応に動じることなく続けた。
「俺は王女と面識があるわけじゃない。聞きかじった容姿の特徴しか知らないが、お前の母親の髪の色は?」
私は自分の髪に触れた。漆黒の髪は、乾燥と砂埃で荒れていて、あまりいい感じはしない。
「私と同じよ……」
私はヴィルの真剣な眼差しに押されるように答えた。心の奥で怖れがぐるぐると回り、冷たい汗が背中を流れるのを感じた。
「瞳の色は?」
その質問が私を突き動かし、心の奥底に沈んでいた秘密が表面に浮かび上がる。瞳の色を思い浮かべると、そこには淡い緑色がかった透き通るような泉のような瞳が映る。
「私と同じ……」
言葉が喉の奥で震えながらも、私はそう答えた。
ヴィルの真剣な視線が、私の心を深く見透かすようで、私はその圧力に耐えながらも、内心の混乱に飲み込まれそうになっていた。
「そうか……。俺が知っている特徴と一致する。何より、この大陸で黒髪はとても珍しい髪色だ」
彼の言葉が私の心に重くのしかかり、まるで心臓が締め付けられるような感覚が広がった。視界がぼやけ、胸の鼓動が不安と恐怖で激しく脈打つのを感じた。
「それじゃ、私は……?」
私は声を震わせ、心が崩れそうになりながら問いかけた。感情の波が私を押し流し、思考が混乱する中で、これからの自分に待ち受ける真実に対する恐怖が胸を締め付けていた。
「その可能性が高い。母親の名前はなんという?」
いやだ。そんなこと知りたくもない。
「……言えない。だって母さまは決して口にするなって……」
私は心の中の秘密が暴かれる恐怖に打ちひしがれていた。怖くて震えていた。
ヴィルの言葉が、さらに深い問いを突きつけてきた。
「メイレア……という名前ではないのか?」
その名が呼ばれた瞬間、私の心臓は一瞬止まり、息もできなくなった。突然、全ての音が消え、周囲が遠くに感じられた。顔を横に振りながら、心の中で「嘘だ嘘だ」と呟き続けるしかなかった。真実が私の世界を破壊するかのように、静かに迫ってきた。
ヴィルは「ふう」と息を吐いて続けた。
「やはりそうか……。彼女のフルネームは、メイレア・レナ・ディウム・フェルトゥーナ・オベルワルトという。リーディス王家の正統な血筋を引く、正真正銘の王族だ」
「母さまが、リーディスのお姫様……?」
その言葉が私の心を打ちひしがれさせ、信じられない現実が次々と明らかになっていく感覚に、心は今にも崩れ去りそうだった。
ヴィルは静かに頷きながら、その表情に揺るぎない真剣さを浮かべていた。
「そういうことになる。お前はリーディス王家の血筋を継ぐ者だ」
その言葉が、私の世界を根底から覆し、崩壊させるように感じた。どこか心の奥底で、これが夢であってほしいと願う一方で、知ってしまった真実の重さが私を現実へと引き戻していた。
「そんなことどうだっていい……。母さまが誘拐されたなんて、ありえない。だって、父さまと母さまは私から見てても、恥ずかしくなるくらいとても仲が良かったし、とてもそんなふうには見えなかった。ただ……」
「ただ?」
「私たちは誰も寄り付かないような森の奥でひっそり暮らしていて、父さまは人前に出る時には偽名を使っていて、母さまは決して森から離れようとしなかった。私にはそれがとても不思議だった」
震える声が、自分の内なる不安と混乱を反映していた。言葉が空気を震わせながらも、心の奥深くに刻まれた記憶をたどるように、一つ一つの過去の断片が浮かび上がる。現実と向き合うために、必死に記憶の扉を開けようとしていた。
「なるほど……。二人の間に何があったのか、それは俺にも分からん。だが俺はあいつを信じている。名前を偽り、身を隠して暮らしていたのには、きっと何か深い理由があったに違いない」
私に思い当たることは一つしかなかった。
「それって、もしかしてこの剣だったりするのかしら……?」
私は慎重に、そしてゆっくりとマウザーグレイルに手を伸ばし、その冷たい感触を確かめた。剣の表面に触れると、その冷たさがまるで心の奥深くまで染み込むように感じられた。
すると、その冷たさが彼女に伝わり、彼女の声が静かに響いてきた。
美鶴……ごめんね。私が目覚めたのは、あなたが前世を取り戻した後だったから、二人のことは何も知らないの……。たぶん、マウザーグレイルはそれを覚えているのかもしれない。けど、それを知るためには深く潜らないと難しいと思う……
その声が私の心に重くのしかかり、言葉が喉に詰まったまま、ただ黙って頷くしかできなかった。
茉凜の言葉に、私はその深い悔恨と無力感を感じ取りながら、自分の無力さに打ちひしがれるような感覚を覚えた。真実を解き明かすために、茉凜に無理をさせるなんてことは絶対に嫌だった。
しかし、心の奥では、新たな不安と葛藤が静かに広がっていた。
「どうすればいいの……」と、心の中で呟く。未来の行く先が見えず、何を選び、どこに進むべきか、まだ全く見当がつかなかった。私の目の前には、あまりにも多くの謎と困難が横たわっているように感じられた。