第25話 相棒
文字数 2,938文字
彼女の存在はまるで優しい光のように心に灯をともしてくれる。どんなに激しい闇の中でも、その光は私を包み込み、冷えた心に暖かさをもたらしていた。
恐怖や不安が消え去り、ただひたすらに彼女を守りたいという思いが強くなる一方で、その力に対する新たな恐怖も生まれていた。黒の力は私の心を深く抉り、私の内部に潜む狂気と恐怖を引き出していた。その中で私が抱くのは、明を傷つけたくないという強い願いだった。
その願いが通じたかどうかはわからない。明の中に積もっていた怒りと狂気が黒煙のように立ち上り、ゆっくりと私の中に飲み込まれていった。
その様子は、どうしようもない恐怖を呼び起こした。その感覚はまるで、私の一部が暗黒に飲み込まれていくかのようで、心の深い部分に恐ろしい影を落としていた。
後に知ることとなったのは、この黒の力の本質が、相手が蓄えている力をすべて奪い、一時的に無力化し、持っている流儀さえもコピーして自分のものにするということだった。精霊子に対する高い感受性が、その力を拡大し、器としての容量を増大させていく。これが「すべてを呑み込む深淵の黒」の力の正体だった。
その力の片鱗を実感しながらも、私の心には真凜の温もりが静かに残っていた。その温もりは、暗黒の中で唯一の救いであり、私が心の奥底で感じていた感情の灯火だった。
「弓鶴くん……あんた、あたしから力を奪ったの……? そんなのひどいよ。どうして……?」
明のか細い呟きが、心の奥深くに刺さった。その声はまるで、静かに舞い散る花びらのように、私の内面に深い傷を残した。
彼女が崩れ落ちる様子は、風に舞い散る儚い花びらのようで、その光景は見る者の心を深くえぐるようだった。彼女の姿が徐々にぼやけ、暗闇の中に溶け込む様は、私の心に切ない痛みを刻み込んでいった。まるで夜空に流れる星が、静かに消えていくような儚さを感じた。
私は彼女を助けようと、必死に足を踏み出した。しかし、その瞬間、周囲に霧のような目眩ましが広がり、付き人が現れて彼女を連れ去ってしまった。視界が揺らぎ、周囲の景色がぼやける中で、彼女の姿が遠くに消えていくのを、ただ見守るしかなかった。
その後、私も真凜も力尽き、まるで糸が切れた人形のように倒れ込んでしまった。心の中には明を救えなかった悔しさと、力を使い果たした虚無感が広がり、身体が重く感じられた。地面に倒れ込む私たちの周りには、静けさと共に淡い光が散り、まるで時が止まったかのような感覚に包まれていた。
◇ ◇
目覚めたとき、私の目に飛び込んできたのは、自分の部屋で、椅子に腰掛けて眠る真凜の姿だった。彼女の腕には包帯が巻かれ、頬にはガーゼが貼られていた。
その姿を見た瞬間、心の奥深くで激しい痛みが波のように押し寄せてきた。彼女が無謀にも飛び出してきたのは自業自得と言うべきかもしれないが、私が引き起こした結果であると思うと、苦しさがこみ上げてきた。
彼女が目を覚ます気配を感じると、私は慌てて布団の中に顔を隠した。何を言うべきか、どう答えるべきか、頭の中は混乱していた。彼女が立ち上がり、こちらに近づいてくるたびに、心臓の鼓動が速まり、それを止めることができなかった。
「わたしの手を取ってくれてありがとうね……」
彼女の優しい声が耳に届いた瞬間、信じられない気持ちになった。私が彼女を傷つけたのに、どうして彼女はこんなにも穏やかな言葉をくれるのだろうか。胸の奥で込み上げる感情を抑えきれず、思わず布団を剥ぎ取り、飛び起きた。
「なんて無茶なことをしたんだ、お前は!」
自分でも驚くほど強い口調で、彼女を責めてしまった。こんなことを言うべきではなかったのに、感情が抑えきれず、心の中で葛藤していた。しかし、彼女は静かに微笑みながら、こう言った。
「柚羽くん、それはお互い様じゃないの? あなただって無謀だったんだから」
その言葉に、私は息を呑んだ。確かにその通りだった。もしあの時、私が正しい判断を下し、明に対する違和感を感じた瞬間に逃げていれば、真凜はこんなひどい目に遭わずに済んだはずだ。彼女を巻き込んだのは、他ならぬ私だった。
それでも私は強がり、自分を正当化するように、無理やりこう言った。
「これは俺自身の問題だ。無関係の人間が危険な目に遭う必要などない。俺のために誰かが傷つくとか、死ぬとか、そんな馬鹿げたことは絶対に嫌なんだ。だからお前には来てほしくなかった。どうしてわからん?」
言葉を口にした瞬間、自分の弱さを隠すための嘘が、心に痛みを与えた。
真凜は静かに私を見つめながら、逆に優しく諭すように言った。
「何言ってるの? わたしはとっくに巻き込まれてるし、もう無関係なんかじゃないよ。それにね、あなたが言ってることって、ちょっと変だと思うの。誰かを守るために自分を犠牲にするなんて、やっぱりおかしいよ。あなたがもしあの力を使うことになったら、危険なのはわかってるし、それを止められるのはわたしだけだって聞いた。わたしはそのためにここにいるんでしょ? だったら、わたしをちゃんと活用してよ。わたしも死にたくないし、あなただってそうだよね? お互いに生き延びるためには、協力した方が絶対にいいよ」
彼女の率直な言葉に、私は驚きを隠せなかった。語り口は穏やかでありながら、状況を的確に捉えていた。そうだ、私たちは互いに持つものを出し合い、共に生き延びなければならない。それは当たり前のはずの前提だったのに、私はそれを蔑ろにしていた。
「……そうだな、確かにお前の言う通りだ。俺には、お前が必要らしい……」
自信なく答えると、真凜は嬉しそうに微笑み、目を輝かせながら言った。
「じゃあ、これからは一緒にがんばっていこうよ。ね、相棒?」
その言葉が耳に届いた瞬間、胸の奥で何かが弾けるように、少し気恥ずかしい気持ちがこみ上げてきた。
私は詳しくないけれど、どうやら彼女はバディものが好きらしくて、そんな彼女の口から飛び出してきた「相棒」という言葉は、なぜか私には心地よく感じられた。
少し照れくさい気持ちが、頬に淡い赤みを差し込みながらも、その言葉に隠された深い意味を感じ取った。彼女が私を相棒として迎えてくれるその瞬間、私の心には新たな決意と希望が芽生えた。ちょっぴり可愛らしいな、とも思いながら、その言葉が私たちの間に新たな絆を結んでくれたことに、深い感謝の気持ちを抱いた。
ただ、やはり気にかかるのは、真凜がどうして手練れの明の攻撃をかわせたのかということだった。彼女が「見え方が変になる」とだけ言ったが、彼女の説明はあまりにも曖昧で、実際に何が起こっているのかを掴むには程遠かった。彼女が「見てから動いているから、予測して動いているわけじゃないんだけどね」と語ったその言葉には、謎がますます深まるばかりだった。
これがマウザーグレイルの自己防衛機構である、「極めて近似の並行世界の少しだけ先を覗き見る」力だと知るのは、かなり後になってからのことだった。