第50話 共同戦線
文字数 8,892文字
彼女の微笑みは、いつも優しさでいっぱい
弓鶴に向けられたその光は
私が受け取るべきものじゃないのに
虚しさだけが心の中に広がって
どうしてこんなにも嬉しいと感じてしまうのだろう
その優しさに依存している自分が
どれほど愚かで哀れなのか、ただ思い知るだけなのに
偽り続けるこの罪悪感が
最後まで私の心を締め付けるんだろう
いつも いつも心の中で繰り返す
『ごめんね、ごめんね』って……
彼女の温もりに包まれるたび
その切なさが深く、心にしみ込んでくる
受け入れる資格なんてないのに
ただその優しさに依存し続けるしかないなんて
こんなの、ほんとに残酷すぎるよ
◇ ◇
私たち三人の共同戦線が、静かに、しかし確実に始まった。正直なところ、赤の流儀に秀でた明の知識と技術は、私にとって計り知れない支えとなっていた。その優れた技術は、私の不安を和らげ、心に光をもたらしてくれた。
深淵の長い歴史の中で築かれてきた流儀は、四つの色に分かれ、それぞれの術者は一種類の流儀しか扱えない。赤は熱を操り、青は水、白は大気を司る。それは血統に深く受け継がれ、例えば真坂は赤の熱の操作を、柚羽は白の大気を自在に扱うといった具合だ。それぞれの流儀によって、具現化できる範囲は明確に定められている。
流儀でのイメージの具現化には、明確な理論が存在しない。ただ重要なのは、心の中で実現したい現象をしっかりとイメージし、それを精霊子の集積によって形成された疑似精霊体に伝えるという、シンプルでありながら深いプロセスだ。想念と感覚が鍵となる。
そのため、現象の結果をしっかりとイメージし、その感覚を少しずつ掴みながら、明確な形にしていく必要がある。明が何年もかけて磨き上げてきた技術を、私のような初心者が一朝一夕で習得するのは、正直なところ難しいと痛感するばかりだった。
それでも、進むしかないのだ。目の前に立ちはだかる試練を乗り越えなければ、深淵の呪いに囚われた人々の未来には希望がない。私はその決意を胸に、ひたむきに前へ進むしかなかった。
ある日、明が愛用している金属の棒を取り出した。その棒は、以前茉凜に対して振るわれたもので、長さはほぼ木刀と同じだ。素材は耐火性に優れた特殊な合金で、二千度以上の高温にも耐えるという。さらに、高い強度と耐摩耗性を持ち合わせていた。
しかし、その重さが問題だった。私が手にすると、重くて堪らないと思うその棒を、明はまるで軽い羽のように扱ってみせた。その身体操作術はまさに見事で、重い金属の棒が軽々と宙を舞う様子は、まるで熟練の舞踏を見ているかのようだった。彼女の動きには無駄がなく、重さを感じさせない優雅さがあった。私の心は、その技術に深い感銘を受けた。
一方で、私──弓鶴は、華奢な体つきで、幼い頃にほんの少し父から古流武術を少し学んだ程度で、その棒を構えること自体が、まるで重力が倍増したかのような感覚を覚えた。
明の軽やかさと、自分の不器用さを比べると、その差が痛感された。私にとって、金属の棒はただの重さでしかなく、持つだけで精一杯だったのだ。
明は、その金属の棒に場裏を纏わせる技術を見せてくれた。棒がじわじわと赤熱化し、目に見えない熱の波動が辺りを包み込んでいく様子に、私はただただ圧倒されるばかりだった。場裏は通常、球体状に形成されると思っていた私にとって、その薄く均等に纏わせる技術には驚きしかなかった。
明が棒に施したのは、まるで焼き付けるような精密な制御だった。その制御力は恐ろしいほどの精度で、まさに高位術師としての本領を発揮していた。
場裏の事象干渉フィールドは、刀身にだけ展開されており、周囲に熱を伝えることはなく、握る部分には全く届ていなかった。その精密さに、私の心はただ圧倒されるしかなかった。
自分の未熟さを痛感しながらも、その技術に対する尊敬と畏怖の念が、私の中で強く募っていった。
「これを俺に真似しろと? 無理に決まってるだろ」
最初から心が折れそうだった。しかし、明はあっさりと答えた。
「あなたの黒の器の容量と力は大きすぎて、場裏を上手に制御しないと、大規模破壊兵器になりかねないよ? たとえばあたしからコピーした赤なら、下手すると街一つ燃やし尽くしちゃうかもね」
その言葉に、背筋が凍りついた。確かに、曽良木との対決の際、私は制限なしに巨大な炎の壁を作り出してしまった。炎そのものはすぐに消え、幸いにも開けた空き地だったから事なきを得たが、もしあれが森林の中だったなら、山一つ燃やし尽くすどころでは済まなかっただろう。
「場裏をうまく制御して、限定させた領域内でイメージを具現化させる。それが術者の本分だよ」
明の言葉が胸に深く響いた。場裏を扱うには、その力を適切に制御することが不可欠だということを痛感した。それは単なる技術や知識だけでなく、自分自身の内面と向き合い、深く理解することによってのみ習得できるものだと理解した。
それでも、どうしても上手くいかなかった。何度試みても、場裏の大きさやイメージの構築、出力の調整がうまくできない。明が「焦るな」と言ってくれたが、私には時間がない。強硬派がいつ大勢で襲ってくるかわからず、最近の静けさが不気味で、遠くから私たちの様子を伺っているのではないかと考えると、心が落ち着かない。
その不安が、私の手に持つ棒の重さと、明の技術への尊敬の念をさらに強めていった。どれだけ努力しても、私の力はまだ未熟で、理想と現実の間に立ち尽くすしかなかった。
その時、茉凜が突然思いついたような表情を浮かべた。彼女の瞳が輝き、まるで新しいアイデアが閃いたかのように見えた。
「弓鶴くん、試しにわたしたち三人で手を繋いでみない?」
その言葉に、私も明も一瞬ぽかんとした。何の前触れもなく、茉凜が提案してきたのは、手を繋ぐという実に単純な行為だったが、その背後に何か深い意味があるのではないかと感じた。
「それが何になるというんだ?」
私は半信半疑で訊ねた。
「よくわからないわ。あんた、何が言いたいの?」
明も困惑の色を隠せない様子だった。
茉凜は少しずつ説明を始めた。彼女の声には、何か確信めいたものが込められていた。
「弓鶴くんとわたしが繋がっている時、はっきりとはしないけど、イメージしているものが見えてくる気がするんだよね。弓鶴くんも、わたしを少し感じているって言ってたよね?」
「確かにそうだが、お前の手が重なってくるのをイメージとして感じる……」
私はその感覚を思い出しながら、言葉を選んだ。
その時の全身が温もりに包まれる感覚については、どうしても言葉にするのが恥ずかしくて、それ以上は言葉にできなかった。心の中で、その感覚がどこか曖昧で、複雑なものだったからだ。
「だとしたら、アキラちゃんもわたしと繋がれば、イメージが私を通して弓鶴くんに伝わるんじゃないかな?」
「はあ?」 私と明は同時に驚きの声を上げた。こんな発想は全くなかったからだ。茉凜が気づくシンプルなことに、その時初めて驚きと共に感動を覚えた。
後になってから、その提案がただの物理的な繋がりではないことに気づいた。手を繋ぐという行為は、私たちの心の奥深くで互いのイメージを共有し、感覚を通じて力を統合する方法だったのだと理解した。その時、私の中で何かが解けたような気がした。
私たち三人は円を描くように立ち、手を繋いで向き合った。その瞬間、心の奥深くに静寂が広がり、私は目を閉じて、黒鶴の力を意識的に発動させた。周囲の音が遠くなり、呼吸の音だけが響く中、心を一つにしようと試みる。
徐々に、私の内面に広がる白い画用紙の上に、茉凜と明の手が現れた。その感覚は、まるで手を差し伸べられたように、私の手を優しく導くものだった。彼女たちの手が私の手の上で滑るように動き、その温かさが心に染み込んでくる。私の心がそのイメージに寄り添い、彼女たちの存在が自然と一体となっていく。
この感覚は、単なる触覚ではなく、深いところでの心の共鳴だった。手を繋ぐことで、私たちの思考と感覚が一つになり、黒鶴の力が以前よりも遥かに安定して感じられるようになった。彼女たちの手が私を導くことで、イメージの中でより鮮明に、より精緻なコントロールが可能になっていく。
二つの手が、言葉を超えて私の手を取り、まるで無言の指導者のように私を導いていった。その手の動きは優しく、まるで空中に絵を描くかのように、私の手の中に流れ込んでくる。指先の感触から伝わる微細な振動や温もりは、まるで手が描く線が心の中に深く刻まれていくかのようだった。
その感覚に身を任せ、私は自然とその線をなぞっていく。疑問や不安が心の中に浮かぶ暇もなく、ただその動きに身を委ねるだけで、心が穏やかになり、一つの流れに溶け込んでいく。まるでお遊戯のようなこの行為が、私の内面に静かに溶け込み、深い理解をもたらしていた。
こうして、私たちの心が一つになり、黒鶴の場裏の真の力を引き出すためのヒントが、自然と浮かび上がってきた。手を繋ぎながら、私の中に広がるイメージが鮮明になり、黒鶴の力を如何にして制御し、具現化するかの新たな視点が見えてきた。彼女たちとのこの繋がりが、私にとって新たな可能性を切り開いてくれたのだ。
◇ ◇
黒鶴の恐ろしさは、ただ単に複数の場裏を展開できるだけにとどまらない。それは、一つの場裏で一種類の流儀しか扱えない普通の術者と比べて、複数の場裏で異なる事象操作を行える能力にある。この能力がもたらすのは、通常の術者が到底成し得ない高度な操作であり、それこそが黒鶴の真の力だ。
例えば、雷を発生させる方法を考えてみると、赤の熱の操作で場裏内の大気を加熱し、別の場裏で冷却することで、温度差による不安定な気象条件を作り出すことができる。このように複数の場裏を駆使して雷の発生環境を整えることで、自然現象を自在に操る力を得ることが可能になる。しかし、この高度な操作には、精密な精神的集中とエネルギーの管理が求められる。
しかし、私にとって、黒鶴の能力を使うことは非常に大きな精神的な負担を伴う。脳や精神にかかる負担が重く、その代償は計り知れない。
そして、茉凜は私にとって唯一の支えでありながら、同時に最大の弱点でもある。彼女が抱える雷によって死の淵に追いやられた過去は、私がその技術を使うことに対する躊躇を生んでいた。
茉凜がそのトラウマに苦しむ姿を目にするたび、私の心もまた痛みで満たされる。この複雑な感情と葛藤の中で、私は雷を発生させる技術を封印する決断を下すことにした。
結局、茉凜の言う通りだった。彼女は単なる深淵の黒鶴の安全装置ではなく、もっと深い何かを宿しているように感じられた。
精神的な交感を通じて場裏と精霊子を感じ取り、術者間のイメージさえも伝える能力を持つ彼女の存在が、私の力を制御し、引き出すための鍵となっていた。それはただの技術や知識の問題ではなく、私と茉凜の間に築かれた深い絆と理解に根ざしていた。
この事実をどう考えたらいいのか、私の心に浮かんだのはただ一つの可能性だった。彼女は解呪にとって不可欠な導き手、つまり精霊の器であるデルワーズと対を成す、世界と世界を渡るための場所と時を指し示す羅針盤、マウザーグレイルと呼ばれる存在なのかもしれない。もし茉凜の中にそれが宿っているとしたら、その力が私の解呪に対しても深い意味を持つのだろうと感じ始めていた。
いくつかの根拠がその思いを裏付けていた。彼女の落雷事故と私の解呪の失敗がほぼ同時期に起きたこと。私たちが同じような夢をそれぞれの視点で見ていたこと。そして、彼女が絶対的危機に瀕した時に現れる、正体不明の異常な回避能力。これらの出来事が、私の直感を強化し、茉凜の存在が単なる偶然ではないと感じさせた。
これまでは、その事実に深く触れないようにしていた。解呪のプロセスにおいて、茉凜の存在がどうしても必要だったからだ。しかし、そのリスクを背負わせるべきなのか、私の心は複雑に揺れていた。
場裏をコントロールするためのヒントを得ても、その喜びは心の中でどうしても素直には湧かなかった。
◇ ◇
学校での私たちは、二人の休戦協定もあって、ようやく一応の平穏を取り戻していた。お昼休みになると、私たちは茉凜が心を込めて作ってくれたお弁当を囲んで座っていた。その場の雰囲気は、どこか暖かく、まるで柔らかな光に包まれているようだった。
明は心からほっとした表情を見せていた。彼女は最初こそ少し抵抗感を示していたが、私との距離が少しずつ縮まるにつれて、心の中での安定を感じているようだった。その様子を見ると、彼女の内面が少しずつ和らいでいっているのがわかった
茉凜は以前のように私に積極的に話しかけることはなかった。彼女の目は、まるで誰かの背中をそっと支えるような優しさを持っていた。控えめに振る舞うその姿は、私たちの関係を再構築しようとする彼女なりの気配りだと感じられた。その優しさが、私の心には複雑な感情を呼び起こす。彼女が自分の思いを抑え込んで、私たちのために行動しているのだということが、私には深く理解できていたからだ。
『この気持ちが彼にとって重荷になるなら、今はそれでいいの。今はこのままでいいんだ……』
茉凜の言葉が私の心に重くのしかかっていた。彼女が自分の思いに蓋をして、ただひたすら解呪の時を願っているのだと思うと、胸が張り裂けそうになる。彼女が内心でどれほど苦しんでいるかを想像すると、私自身の苦悩が何倍にも増して、心を締め付けた。
お弁当の時間が終わり、各々の教室に戻るとき、私は茉凜の控えめな姿勢を見ながら、心の中で彼女の苦しみを分かち合う方法を探っていた。彼女が私たちのために尽くす姿が、私の心に複雑な感情を呼び起こすと同時に、その感情が私自身の選択をさらに困難にしていることを実感していた。
◇ ◇
そんな日々がしばらく続く中で、洸人と灯子も私たちの輪に加わるようになった。洸人は以前の冷たさや達観した雰囲気を脱ぎ捨て、明るくなっていた。その変化をもたらしたのは、きっと灯子の存在なのだろうと、私は心の中で密かに微笑んだ。灯子が洸人の硬い殻を少しずつ溶かしていったのを感じると、私の心にも微かな安堵が広がった。
洸人は明るくこう言った。
「不思議なものだね。まさか、三家の後継者が揃い踏みするとは。こんな日が来るとは思ってもみなかった。それに、皆が同じ願いを抱いているなんて信じられないし、とても嬉しいよ」
洸人の言葉に、私は心の底から同感した。かつては権謀術数に明け暮れていた三家が、こうして共に同じ希望に向かって進んでいる光景は、まるで夢のようだった。彼の言葉は、私たちの努力と団結が実を結びつつある証のように感じられ、心の中で小さな希望の灯がともった。
しかし、洸人はその後、強硬派が本格的に私たちの抹殺を企てる可能性について語り始めた。
「上層部内の対立は確かなようだ。そこには虎洞寺氏の思惑もあるんだろうけどね。ただ、これまで静観していた連中も、君の存在を無視できなくなってきているのは事実だ。安全装置なんてどうせ偶然に過ぎず、いずれ自滅するだろうと高をくくっていたんだろうけど、いい気味だ」
深淵の上帳というものには本拠地がなく、構成メンバーがそれぞれ各地に分散し、その実体も居場所も杳として知れない。虎洞寺氏ですら、会合への参加は毎回異なるホテルの暗い一室に並べられたスマホを通して会話するのみに限られている。その場にやって来るのは、スマホを持参した各構成メンバーの使いの者に過ぎないのだ。
内部は解呪派と反解呪派に分裂し、混乱していると聞くが、後者の勢力の過激な強硬派は歯止めが効かなくなってきている。彼らは互いの場所が把握できていないことが幸いして、クーデターといった事態は今のところは避けられているものの、予想に反して自滅しない私を快く思わない強硬派が、事態の沈静化を図って狙ってくるだろうことは想像に難くない。
静かな空気を突如として破ったのは、明の突然の立ち上がりだった。彼女の瞳には燃えるような激しい怒りが宿り、その声は震えるほどの決意を帯びていた。
「相手がそのつもりなら、このあたしが一人ずつぶっ殺してやる」
彼女の言葉に私は心臓が一瞬、凍りついた。弓鶴を守るためには、どんな手段も厭わない彼女の気持ちを知っているからこそ、その決意の強さに恐れを感じた。彼女がどんなに思い詰めているか、命をかける覚悟がどれほど深いかを、私は痛いほど理解していた。そして、彼女の過激な行動が引き起こすかもしれない未来の混乱を想像するだけで、心が締め付けられるようだった。
「明!!」
私は声を上げて、必死に彼女を止めようとした。
「それだけはよせ。そんなことをしても、奴らをいたずら刺激するだけだ」
しかし、明は私の言葉に耳を貸さなかった。彼女の目がぎらつき、声に力が込められているのを見て、私の心はますます不安になった。
「こっちから揺さぶりをかけてやるんだよ。このままされるがままなんて、我慢できるかって」
それを聞いた私は、深くため息をつきながら、冷静に諭すように言った。
「上帳の何人かを始末できたとしても、それをきっかけに上層部は混乱し、ますます収拾がつかなくなるだろう。必要のない血が流れ、強硬派は死物狂いで仕掛けてくることになるだろう。それこそ一般人を巻き込むような騒ぎになってもおかしくない。それでもいいのか?」
私が本当に伝えたかったのは、明に人を殺めてほしくないという強い思いだった。彼女の心の中の激しい怒りが、彼女自身を壊してしまうのではないかという恐れがあった。暴力に対抗するために暴力を用いることが、どれほどの痛みを生むかを心の底から理解していたからだ。
明は、一瞬黙り込んでから、呼吸を次第に落ち着かせていった。
「そうか……そうだね……」
その声は、かすかに震えていた。彼女の心がようやく冷静さを取り戻し、私はほっとした。
そして、私は一同を見回して言った。
「状況はますます厳しくなるだろうが、俺は前に進むしかない。皆、力を貸してくれ」
一同は静かに、しかし確固たる意志を持って賛同してくれた。
私は皆の希望を背負っているのだ。決して立ち止まることなど許されない。そう思った。
◇ ◇
場裏の制御技術が急激に進化する過程で、私はその成長に驚きを隠せなかった。
茉凜と明、そして洸人の支えによって、私の技術は予想を超える速さで高められていった。白の場裏を基盤に、明の赤、洸人の青を次々と習得することで、私はついに複数の場裏を同時に制御する能力を手に入れた。その結果、赤、青、白の場裏を同時に操ることができるようになった。
特に驚くべきは、場裏の枠を超えた技術の発展だった。異なる場裏を組み合わせることで、新たな技術を生み出すことに成功したのだ。瞬時に水を集め、熱操作で凍結させ、それを大気の圧縮で打ち出す、といった複合的な操作が可能になり、その技術が場裏の可能性を飛躍的に広げるだろうと確信した。
その一連の流れは、かつては想像すらできなかった技術だった。まるで魔法のように、異なる要素が調和し、新たな力を生み出す。この技術は、場裏の枠を超えて、新たな可能性を切り開いていると実感していた。
その瞬間、私は自分がファンタジー世界の魔法使いになったかのような錯覚に陥った。現実とファンタジーの境界が曖昧になる感覚。私の技術が進化するにつれて、まるで魔法のような力を手に入れたかのような気がしてしまったのだ。
◇ ◇
茉凜の優しさに触れるたび、私の心は複雑な感情に揺さぶられていた。
日々の穏やかな時間が永遠に続くことを願わずにはいられなかった。しかし、私たちが避けられない運命に向かって進んでいることも理解していた。その現実に対する覚悟を決められずにいる自分が、もどかしく、心の中で葛藤が収まることはなかった。
デルワーズとの約定に従い、弟の身体を精霊子を集める器として、マウザーグレイルを宿した導き手と共に始まりの回廊へ向かうことは、解呪への定められた道だった。
しかし、本当にこの道を進むべきなのか、私はまだ迷っていた。両親が遺した願いを叶え、深淵の血族を呪いから解放すること、皆の未来を切り開くこと、そして弟を取り戻すことは、私にとって何よりも大切な願いだった。それだけは譲れない。
しかし、もし茉凜がその導き手なら、彼女をその旅に連れていかなければならない。その時が来たら、私の正体が知られてしまうかもしれない。そして、彼女とはそこでお別れしなければならないのだ。
その未来を想像するだけで、胸が締め付けられ、涙がこぼれそうになる。彼女を傷つけることが恐ろしいと感じると、心が痛んで仕方なかった。それでも、私は進むべきなのか――その問いに答えを見つけることができず、立ち止まったままだった。
こうして、私たちの穏やかな時間は、嵐の前の静けさのように流れていった。日々の安らぎが、心の奥底に潜む不安をしばしば忘れさせてくれるかのようだった。しかし、その静けさの背後には、いつか訪れるであろう試練への恐れが静かに潜んでいた。
九月も半ばを過ぎた頃、私の前に突如として大きな出来事が降りかかった。それはまさに青天の霹靂であり、私が予想だにしなかった事態だった。その出来事は、私のアイデンティティを根底から揺るがすものであり、心の奥底にひっそりと閉じ込めていた秘密と向き合わせることを余儀なくさせた。