第47話 洸人と灯子
文字数 3,171文字
胸の内に渦巻く感情を抑えて、ただ今はこのままでいたいと願っていた。それが私にとっても彼女にとっても、正しいことなのだと信じていたから。
私たちは親友で、それ以上ではない。周囲の目には、私たちの関係が恋人のように映るかもしれない。しかし、常識的には男の子と女の子の友情が成立するはずがないとされるから、私たちの絆もまた、誤解を招くことが多い。
私は女の子でありながら、三つも年下の茉凜に対して、それ以上の感情を抱いていると感じることが、恐怖の原因となっている。
私自身、対人関係の経験が乏しく、誰かを深く好きになるという経験も未だない。それゆえ、茉凜に対して抱く特別な感情がただの友情以上のものであることを認めることが、どうしても信じられないのだ。心の中でその感情が膨らんでいくのを感じるたびに、その感情を否定しようとする自分と、受け入れざるを得ない現実との間で揺れ動いている。
もし私たちの関係が進展し、お互いに触れ合いたいという状況になったとき、私はどうすればいいのだろう。今の私は弓鶴として彼女と接していて、彼女が見ているのは男の子だ。もしもそんな状況で、私が彼女に触れ合いたいと思ったとき、その行為が彼女を傷つけることになるのではないかと心配していた。私自身も、彼女を傷つけたくないと強く願っていた。
この感情とどう向き合い、どのようにして彼女と真摯に向き合うべきか、答えが見えないまま、私はその先に待つ未来に不安を抱きながら、ただただ心を重くするばかりだった。
◇ ◇
石与瀬の街を歩いていると、偶然にも洸人と灯子が並んで歩いているのを目にした。私たちは驚きのあまり、顔を見合わせるしかなかった。この二人が一緒にいるなんて、想像もしていなかったのだ。周囲の喧騒が遠くなり、私たちの視線は自然と彼らに引き寄せられた。
灯子は普段の姿とは違って、洸人と並んでいるとき、どこか少し照れくさそうな表情を浮かべていた。それはまさしく恋をしている女の子といった感じで、洸人も普段の彼の無愛想さを忘れさせるほどで、とても輝いていた。その姿に、私たちはただただ圧倒されるばかりだった。
二人に尋ねると、驚くべきことに、彼らは夏休みに入る前からなんとなく付き合っていたらしい。私たちはその言葉に言葉を失い、まるで自分たちの目の前に立ち現れた奇跡を見ているような気分になった。
洸人の素行不良を灯子が見かねて注意したことがきっかけで、彼女は彼につきまとい、その行動を厳しく監視していたというのだ。もちろん、洸人は茉凜との約束を守り、女子への誘惑は止めていたものの、その軽々しい態度は変わらなかったらしい。
そのうち、洸人は灯子のしつこい厳しさに対して興味を持ち、灯子もまた洸人の奥深さに気づき始めた。私たちが、試験勉強で手一杯だったあの頃、彼らの関係が密かに進展していたことに驚きを隠せなかった。
しかし、その表面的な驚きや好奇心の裏には、微かな不安が広がっていた。洸人が深淵の血族であることを知っている私たちにとって、彼との関係を深める灯子がどのような影響を受けるのか、心配せずにはいられなかった。灯子が洸人の影響を受けて、危険にさらされるのではないかと、胸の奥で静かに不安が広がっていった。
もしかしたら、灯子が家族や友人たちの前から姿を消し、普通の生活に戻れなくなるかもしれない――そんな暗い未来が頭をよぎるたび、私の胸は締めつけられるような痛みを感じた。
洸人がこれまでに何人もの女の子と付き合い、そして別れてきた理由が、理解できるような気がした。一人の女性と深く関わることで、その先に待つ避けられない未来が、どれほど彼にとって恐ろしいものであったかを想像すると、彼の心の葛藤が痛いほどわかるように思えた。そのために、どんなに心が惹かれても、本当の意味での絆を結ぶことができなかったのだろう。
灯子との関係もまた、同じ運命を辿るのではないか――そんな予感が私の心の片隅に重くのしかかっていた。その思いは、どんなに希望を抱こうとしても、どうしても払拭できなかった。
◇ ◇
ある日、私は心の中の不安を抱えながら、鳴海沢に尋ねる決意を固めた。彼の本当の気持ちを知りたくて、灯子に対する本当の思いを聞いてみたかったからだ。夜の静けさの中で、私は震える手を抑えつつ、緊張を必死に押さえながら、彼に問いかけた。
「洸人、お前は灯子のこと……本当に守れるのか?」
私の声は微かに震えていた。心の奥底から湧き上がる不安を抑えきれず、彼の返答を待つ間、どこか冷たい夜の空気が一層胸に圧し掛かってきた。
洸人は一瞬、深い沈黙に包まれた。彼の瞳は私の目を真っ直ぐに見つめて、その静かな力強さを感じさせた。そして、彼はゆっくりと口を開いた。
「僕はもう、過去のしがらみに囚われるつもりはないよ。何があっても彼女を守ると、そう心に決めたんだ。今の僕は灯子のために何ができるか、それだけを考えている。君がいてくれたからこそ、僕はその覚悟を持つことができたんだ。解呪の成就を願う君という希望の存在のおかげだよ」
洸人の言葉に触れたとき、私の心は静かに揺れた。その言葉の奥に、彼がどれほど過去と向き合い、灯子に対する真摯な想いを抱いているのかが伝わってきた。鳴海沢がすでに灯子に自分の正体を打ち明けていたという事実も、彼の決意を一層強く感じさせた。
「だが……それは灯子にとって、あまりにも大きな負担になるんじゃないのか。彼女は普通の女の子なんだぞ」
私の声は抱える懸念を隠しきれずに、自然に漏れてしまった。鳴海沢は私の不安に対して微笑み、その笑顔には彼がどれほど灯子を大切に思っているのかが溢れていた。
「君の心配は当然だよ。でも、彼女は想像以上に強い人だ。僕にとっては手強い人といってもいいかな。そんな彼女が、僕のすべてを受け入れると覚悟を決めてくれたんだ。そんな風に言ってくれる人なんて、生まれて初めてだった。僕が彼女のためにできることは、ただ全力で守ること。それが僕の役目だと信じている」
その言葉を聞いて、私の心は再び静かに揺れた。洸人の深い覚悟と灯子への真摯な思いが伝わり、彼が自分の正体を灯子に打ち明けたことも、その決意をより強く感じさせた。私の胸は、その言葉に触れることで少しだけ安らぎを取り戻した。
◇ ◇
夏休み前に灯子が経験した大きなトラブルは、解呪派に傾く鳴海沢家を快く思わない連中による仕業だった。その窮地を洸人が救い、彼らの距離が急速に縮まったという話に、私は胸が締めつけられるような思いを抱いた。灯子が彼の告白を受け入れ、共に歩む未来を選んだと聞いたとき、感動とともに自分の力不足への焦りも感じた。
彼らの強さに心から感動しつつも、自分もそのような強さを持ちたいと強く願った。心に迷いや不安を抱えながらも、未来に光を見出し、それを掴むために勇気を持って前進している彼らを見て、自分もその一端を担いたいと切に願った。
その決意を固めたのは、私が背中を押したからだ、と彼は言った。その一言が、私の心に温かさをもたらし、同時に強い責任感も芽生えさせた。彼らの幸せを守りたいと、切実に願わずにはいられなかった。
だからこそ、私は心の中で誓った。彼らのために、そして自分のためにも、解呪を必ず成し遂げると。彼らが見据える未来が幸せに満ちたものであるように願いを込めて、私は改めて覚悟を決めた。