第40話 宴の夜と天の星
文字数 2,072文字
宴が始まると、虎洞寺氏が静かに杯を掲げると、場の緊張が一瞬にして解け、和やかな雰囲気が広がった。皆の心が一つになり、自然と笑顔がこぼれた。未成年者がいることもあり、お酒の量は控えめだったが、場は笑い声に包まれ、心地よい温かさが満ちていた。
周囲の警戒で配置されていた天のメンバーたちも交代で加わり、緊張をほぐすようにリラックスした表情を見せていた。私たちは、彼らの存在に感謝の気持ちを込めて、笑顔で料理や飲み物を配って回った。
私たちを支えてくれる仲間たちがいるからこそ、ここまで来ることができたのだと改めて実感し、胸がいっぱいになった。ずっと孤独だった私が、今はこんなにもたくさんの人たちに囲まれ、支えられている。そのことだけで、心から嬉しくなった。
テーブルには佐藤さんが考えてくれたメニューが並び、野外の宴にぴったりの彩り豊かな料理が目を楽しませてくれた。その華やかな見た目に、食べることが大好きな真凜は、まるで子供のように目を輝かせて料理を楽しんでいた。少食の私は、むしろ皆が美味しそうに食べる姿を見るのが何よりの喜びだった。
そんな私を気にかけてくれたのか、真凜は可愛らしく皿を手に取り、少しずつ料理を選んで私のところに持ってきてくれた。その笑顔は、まるで一輪のひまわりのように輝いていた。
「これ、食べてみて。私が作ったんだよ?」
真凜が自慢げに差し出してくれた皿には、色とりどりの料理が並んでいた。一口食べると、その味わいが広がり、思わず笑みがこぼれた。
「ありがとう、真凜。すごく美味しい」
私の素直な言葉に、真凜は嬉しそうに笑い、その笑顔に心が温かくなるのを感じた。その瞬間、真凜の存在が私の世界に色とりどりの幸せをもたらし、この夜をさらに特別なものにしてくれているのが分かった。
◇ ◇
その夜の宴の熱気が徐々に遠くに感じられる中、私はひとり静かにテラスに出た。夜風が頬を撫で、心の奥底に安らぎをもたらすようだった。
空を見上げると、無数の星々が静かに瞬いており、その光はまるで夜空に描かれた無限の物語のようだった。星たちは、私にとって心の奥深くに眠っていた、静かな思い出を呼び覚ます触媒となっていた。かつて美鶴であった頃、星空の下で一人ぼっちで願い事をしていたあの時の感覚が、まるで昨日のことのように蘇ってきた。
しかし、今の私は違う。たくさんの人たちに囲まれ、こうして楽しいひとときを過ごせるなんて、ほんの少し前までは夢のようなことだった。今ここにいるのは、間違いなく真凜のおかげだと、じんわりと心の中で感じ入っていた。
そんなとき、背後から軽やかな足音が近づいてきた。振り向くと、真凜が歩み寄ってきた。
「あら、こんなところにいたんだ。どうしたの?」
彼女は心配そうに、でもどこか嬉しそうに微笑んで、私を見つめていた。
「星がとても綺麗だったから。石与瀬では、街の灯りが強すぎてこんな風には見えないしな」
普段は口数が少なく、感情をあまり表に出さない私が、自然と心の内を語っていた。星々の輝きが、心の中にある温かな感情を引き出していたのかもしれない。
真凜は静かに微笑みながら、私と同じように空を見上げた。その瞳の中には、私の感情を共有しようとする優しい気持ちが映っていた。
「うん、本当に綺麗だね。ここはまるで別世界みたい。私たちだけがその中にいるみたいで、なんだか不思議……。もしかしたら、夢を見ているのかなって思うくらい」
彼女の声は心の奥深くにやさしく響き、私もその美しい星空に心を寄せた。
「お前がいてくれたから、俺はここまで来られたんだと思う」
私は心からの感謝の気持ちを伝えた。彼女の存在がどれほど大切か、言葉にすることで改めて実感していた。
「わたしもだよ。ありがとう。あなたがいるから、わたしもここにいられるって思うの」
真凜はほんのり頬を染めながら、心からの感謝を返してくれた。
「真凜……」
彼女の名前を呼ぶだけで、私の心は温かくなるような感覚が広がった。彼女の瞳に映る自分の顔が、普段よりも深く、優しく感じられた。
「ん? なぁに?」と、真凜は驚きと少しの好奇心を浮かべながら、私をじっと見つめた。
「いや、なんでもない……」
私は言葉に詰まってしまった。心の中に秘めていた感情が、言葉として現れるのを躊躇っていた。自分の気持ちが、どうしても言葉にならないのだった。
「そっか……」
真凜はそのまま静かに受け入れてくれた。いつもならもっと問い詰めてくるところなのに、今回はその沈黙を尊重してくれた。
星々の下で、私たちはただ静かに見つめ合っていた。この瞬間だけは、全ての不安が溶けていくように感じられ、心が穏やかに包まれていった。
ずっとこの時間が続けばいいのにと、心の奥底で静かに願いながら、星空の中でただ彼女と共にいる幸せを噛みしめていた。