第54話 ひとときでも夢を
文字数 10,637文字
脚本は一通り読み込むべきだという義務感に駆られていたが、その一方で洸人の言葉が心の中に引っかかり、手を伸ばすことに躊躇していた。彼の期待や意図が、私の心に影響を与えようとしているような気がしてならなかった。
「一体、ストーリーはどうなっているのだろう?」と、自問自答する私の心がざわめく。キャラクターたちがどのように描かれているのか、彼らの心理的な深層にどれほど迫っているのか、そして洸人が私を推薦した理由とどのように関連しているのか、全てが私の興味をかき立てた。
しかし、その興味の裏には、過去の自分に触れることになりそうな予感が潜んでいた。それが私の心を重くし、読み始めることへの恐怖を呼び起こす。
私は椅子に深く腰掛け、何度も天井を見上げて深呼吸を繰り返した。心を落ち着けようとする自分に、静かな夜の空気が優しく包み込む。思い切って脚本を手に取り、その冷たく平坦な表紙に触れると、心の中で何かが揺れ動くのを感じた。
ページをめくる手が震えながらも、私は静かに物語の中へと足を踏み入れた。文字の一つ一つが私を呼び寄せ、キャラクターたちの生き生きとした姿が私の心に鮮やかに描かれていく。過去と向き合うことへの不安と期待が入り混じりながらも、私はそのページをめくり続けた。
◇ ◇
── タイトル: 扉を開けて(仮) ──
【ストーリー概要】
物語の舞台は、魔族が侵略してくる世界。ここで、若き騎士ウォルターと謎めいた少女メイヴィスの運命が交錯する。ウォルターは戦場で負傷し、戦うこと以外に自分の存在意義を見出せずに絶望している。しかし、メイヴィスとの出会いをきっかけに、彼は新しい生き方を模索し始める。
緑色の長い髪の少女メイヴィスは、王宮で人知れず育てられた少女で、彼女には運命を背負う宿命がある。外の世界を知らない彼女は、ウォルターとの出会いによって運命に対する新しい視点を得ていく。二人は、彼らが抱える運命の謎を解く鍵があるという「ある場所」を求めて旅を始める。
旅の途中で直面する様々な試練や敵との戦いを通じて、ウォルターとメイヴィスは互いの絆を深め、自己を見つめ直しながら成長していく。彼らの関係は次第に深まり、支え合うことで困難を乗り越えていく。
旅の終着点で、メイヴィスがひた隠しにしてきた真実が明らかとなり、二人は大きな選択を迫られる。その選択は、彼らの未来を大きく変えるものであり、運命に立ち向かうための最終的な試練となる。
【ウォルター】
ウォルターは、勇敢な騎士として知られ、数々の戦場を経験してきた。戦線で負傷し帰還した後、彼は「戦うこと」が自分の存在意義だと固く信じていた。その信念が、彼にとってのアイデンティティの全てであり、戦いが彼の生きる理由となっていた。しかし、その強い信念の裏には、心の奥底で静かに広がる絶望が潜んでいた。彼は、戦うこと以外には自分に何ができるのか、どう生きるべきなのかが分からず、孤独な迷いを抱えていた。
メイヴィスとの出会いが、ウォルターの人生を大きく変えることになる。彼女の存在が、彼に新しい視点をもたらし、戦うことだけが人生の全てではないことを教えてくれる。メイヴィスの純粋さと強さが、ウォルターの心に深い影響を与え、彼は徐々に戦いの先にある新たな生き方を模索し始める。彼の成長は、戦士としての枠を超え、自己を再発見し、人間としての本当の価値を見つける旅となる。
【メイヴィス】
メイヴィスは、王宮の奥深くでひっそりと育てられた謎めいた少女。彼女の存在は、周囲からほとんど知られておらず、外の世界との接触はほとんどなかった。そのため、彼女の内面には純粋さと儚げな雰囲気が漂っている。彼女の緑色の髪は、彼女が背負う宿命の象徴であり、その鮮やかな色合いは、彼女の運命に対する深い結びつきを示している。
メイヴィスは、自らの運命と向き合いながらも、外の世界に対する知識や経験が乏しく、そのために自身の運命をどのように受け入れるべきか悩んでいた。彼女の生活は、王宮の中で限られたものとなっており、外の世界との接点を持たないままであった。しかし、ウォルターとの出会いが、彼女の人生に劇的な変化をもたらす。ウォルターの存在は、メイヴィスにとって新たな視点と理解を提供し、彼女は運命に対する新たな認識を得ることになる。
彼女の成長は、単に自らの宿命を受け入れることではなく、その運命をどう切り開くかを学ぶ旅である。ウォルターとの絆が深まるにつれて、メイヴィスは自分の内面に潜む力に気づき、それを如何に使いこなすかを模索しながら、新しい未来へと歩み始める。
【ヴィルギレス】
ヴィルギレスは、魔族の将軍として知られる存在で、その冷酷無比な性格と狡猾な知性を併せ持つ。彼は魔族の侵略を率いるリーダーであり、その威厳と恐怖をもって部下たちを統率している。ヴィルギレスの特徴的な外見には、鋭いメガネと腰まで届くロングヘアが含まれており、その姿は彼の威圧感と権威を一層引き立てている。
彼の冷徹な性格は、戦場における非情さと戦略的な計算によって築かれており、感情に左右されることなく、自身の目的を達成するためには手段を選ばない。ヴィルギレスは、魔族の侵略計画を緻密に練り、実行に移すことに長けており、その計画には巧妙な策略と深い洞察が組み込まれている。
ウォルターとの対峙が物語の中で重要な局面を迎える。彼の目的は、ただの侵略にとどまらず、深層に潜むより大きな陰謀を含んでいる可能性があり、ウォルターとの対決は単なる戦闘にとどまらない、もっと深い対立と衝突を示唆している。ヴィルギレスの登場によって、物語はさらなる緊張感とドラマを増し、ウォルターやメイヴィスの試練と成長が一層引き立てられる。
【サラン】
サランは、ヴィルギレスの右腕として知られる魔族の戦士で、赤い髪と赤い瞳が特徴的な存在。彼女の戦闘スタイルは炎のように激しく、感情に支配されたその戦い方は、敵にとって恐怖の対象となっている。サランの激情的な戦闘は、その熱い性格を反映しており、冷静な戦略よりもその瞬間の情熱や怒りを武器にする。
赤い髪と瞳は、彼女の内なる炎を象徴しており、戦場での姿はまるで燃え盛る火のように、圧倒的な力と熱量を持って敵を圧倒する。サランの激しい戦いぶりは、彼自身の感情の起伏に大きく影響され、冷静さを欠いた暴力的なアプローチが特徴的である。
彼女の存在は、魔族の中でも一際恐れられるものであり、その力と激しさが物語の中で重要な役割を果たす。ウォルターとの対峙が描かれる際には、サランの情熱的で破壊的な戦闘スタイルが、ストーリーにさらなるドラマと緊張感をもたらすことになる。
【キャッチコピー】
『その選択が君の運命だというなら、俺にとっての運命は君だ』
このキャッチコピーは、ウォルターとメイヴィスの深い絆と互いに対する強い愛情を象徴している。運命の選択に迫られる二人が、どれほど困難な状況にあっても、お互いを支え合い、運命を共に歩んでいく決意を示している。ウォルターにとっての「運命」がメイヴィスであるというこの言葉は、彼の彼女への絶対的な愛を表現し、物語の中心的なテーマである愛と自己選択の力を強調する。
【コンセプト: 運命に抗う愛】
運命に縛られた二人が、互いの愛と意志によって与えられた運命に抗い、共に新しい未来を築こうとする姿が描かれる。彼らの愛は、運命の鎖を断ち切る力を象徴する。このコンセプトでは、ウォルターとメイヴィスの関係が中心に据えられ、彼らが抱える運命の重荷を乗り越え、互いの支えによって新たな道を切り開いていく過程が描かれていく。運命に逆らうことの困難さや、愛が持つ変革の力を通じて、彼らは真の自由と自己実現を追い求める。
【テーマ: 自己選択と他者のために生きる決意】
ヒロインのメイヴィスは、ウォルターの愛と決意によって、自分自身の意思で生きることの重要性に目覚める。物語を通じて、彼女は他者の期待や押し付けられた運命に従うのではなく、自らの意思で未来を選ぶ勇気を持つようになる。ウォルターとの出会いが、彼女にとって新たな視点をもたらし、愛と自己選択の力を実感させる。
メイヴィスの成長と変化を通じて、物語は「自己選択」の価値と、「他者のために生きる決意」を強調します。彼女は、自分自身の運命を見つめ直し、他者との絆を深めながら共に新しい未来を切り開こうとする姿が描かれる。ウォルターと共に歩むことで、彼女は真の自由を手に入れ、彼らの愛がどれほど運命に立ち向かう力を持つかを示す。
【物語の核】
物語の中心には、運命に立ち向かう二人の成長と葛藤、そして愛の力が据えられる。ウォルターとメイヴィスは、それぞれが抱える運命に対抗しながら、互いに支え合い、絆を深めていく。彼らの旅と試練を通じて、運命の壁に挑む姿が描かれ、愛が持つ力の偉大さが強調される。
ウォルターは、戦いだけが自分の存在意義だと信じていたが、メイヴィスとの出会いを通じて新たな生き方を見つけることを学んでいく。彼は、戦うこと以外にも価値があると気づき、自分自身を再発見していく。一方、メイヴィスは初めて外の世界に触れて新鮮な感動を覚え、生き生きとした本来の自分を取り戻していく。彼女は、自らの運命に対する新しい視点を得て、自己選択の力を実感していく。
二人は共に困難を乗り越え、最終的に愛と信頼の力で未来を切り開こうとする。彼らの絆が深まるにつれて、運命の壁を越える力を得て、新しい未来を創り出そうと奮闘する姿が物語の核心となる。
この物語は、人間が運命に立ち向かう強さと、愛の力によって新しい未来を創造する可能性を示す。ウォルターとメイヴィスの歩みを通じて、運命に対抗する勇気と、その過程で得られる愛の力がいかに人間を変えるかを探求する。
【第一幕】
若き騎士ウォルターは、荒れ果てた戦場の残骸を背に、長い旅路を終えようとしていた。冷たい風が彼の頬を撫で、薄曇りの空がその心の奥底に潜む暗い陰を映し出しているようだった。左腕は戦場の最後の激闘によって動かすこともできず、その重さが彼の心にも深く刻まれていた。
数週間前、彼は勇敢に戦い、仲間たちを守るために自らの命を賭けていた。破壊された村々が彼の背後にあり、前方には無数の魔族たちが押し寄せていた。彼の目には、燃え上がる絶望と仲間たちの痛ましい姿が深く刻まれていた。その戦いが終わるころには、彼は大きな傷を負い、左腕の自由を失ってしまった。
その日以降、彼は戦場での戦いの残像にただ佇む日々を送っていた。心の奥には、死にゆく仲間たちの影がちらつき、無力感と喪失感が彼を圧し続けていた。
ある日、迷いながらも歩みを進めたウォルターは、森の奥で淡い光に導かれ、ひとつの泉のほとりに辿り着いた。その光景は、彼の心に優しく深い感銘を与えた。
泉の水面には、少女が静かに舞っていた。その舞いは、水面にさざ波を立てるような優雅さを持ち、まるで夢の中の光景のようだった。少女の動きは、ひとつひとつが静かな音楽に合わせて踊るようで、その姿にウォルターの心はすっかり奪われていた。
ウォルターはその光景を見つめながら、心の中で過去の戦いを反芻していた。戦場で彼が目にしていたのは、常に絶望と混沌、友の血の色、敵の叫び声、炎の中で燃える破滅だけだった。しかし、今、彼が目の前にするのは、戦いとは無縁の美しい舞いだった。その景色に触れた瞬間、彼の心に眠っていた希望と夢が蘇り、複雑な感情が渦巻いていた。
少女の舞いを見ることで、ウォルターは自分が失っていたもの、つまり純粋な喜びや美しさへの感受性を再び感じ取ることができた。それは彼が戦場で築き上げた冷徹な姿勢とは正反対の、温かく優しいものであった。
「なんて美しいんだ……」
ウォルターは心の中で呟いた。彼の心には、過去の自分と現在の自分、そして未来への希望が交錯していた。
その舞いを見つめるウォルターの目には、かすかな希望の光が宿り始めていた。もしかすると、再び立ち上がるべき時が来たのかもしれないという微かな期待が彼の心に芽生えていた。しかし、その希望と共に、過去の影が常に彼の心に重くのしかかっていた。
少女の舞いを見つめるウォルターの胸には、希望と過去、そして新たな始まりへの期待が交錯していた。それは、彼が再び歩き出すための力となり、心の奥底から湧き上がる新たな決意を育む光景となっていた。
【第二幕】
ウォルターは戦線を離脱して以来、日々を酒に溺れて過ごしていた。かつて英雄であった彼は、戦場での名誉も忘れ、ただ朽ちていくように感じていた。戦いの意義を見失い、自らの存在が無意味に思えていた。
そんな彼に、突然王宮からの呼び出しが届いた。ウォルターは心に微かな違和感を抱きつつも、その呼び出しに従うことにした。王宮に集められた将兵たちは、なぜ自分たちが呼ばれたのかを理解できず、不安と疑念が交錯していた。
ついに王が現れると、その傍らにフードを深く被った人物が静かに立っていた。王は、彼らに重大な使命があると告げた。フードを被った人物の旅路を守る随行者が必要だと伝えたが、その人物の正体や旅の目的については一切説明がなかった。王の言葉に、集まった将兵たちは一斉にざわめいた。
フードを被った人物は、無言のまま列に近づき、一人一人の顔をじっと見つめていった。やがてその人物はウォルターの前に立ち止まり、彼を見上げた。目の前に立つその姿は小柄で華奢、肩幅も狭く、戦士とは到底思えない風貌だった。
「やはり……あなたでしたか」
その人物は、かすかな声でそう呟くと、フードをゆっくりと外した。現れたのは、ウォルターが泉で見た緑色の髪の少女だった。彼女の美しい顔立ちは、その瞬間、ウォルターの心に新たな衝撃を与えた。
「私の名はメイヴィスです。よろしくお願いしますね、騎士様」
メイヴィスの純真無垢な笑顔が、ウォルターの荒んだ心に温かな光を灯した。それは、彼に失われた何かを取り戻すような感覚をもたらした。しかし、同時に彼の胸には疑念と戸惑いが広がった。
「君は一体何者なんだ? どうしてあの泉にいた? あの光を放つ泉は何なんだ? 旅の目的は何だ?」
ウォルターは矢継ぎ早に疑問を投げかけたが、メイヴィスは微笑みを浮かべるだけで答えようとはしなかった。彼女の笑顔は、何かを隠しているように見えた。
王もまた、彼女の素性や旅の目的について一切明かすことはなかった。王族に緑色の髪を持つ者などいないはずだ。果たして彼女は何者なのだろうか。ウォルターの疑問は深まるばかりだったが、それでも彼は決意を固めた。
「俺はもう役立たずだ。騎士なんて廃業辞しようと思っていたところだ……。だが、君の旅路を守るくらいはできるだろう。どうせ暇な身だし、旅に付き合おうじゃないか」
ウォルターは、メイヴィスと共に旅に出ることを決意した。彼の決意には、自分を再び見つけたいという強い意志が込められていた。メイヴィスとの旅が、彼にとってどのような意味を持つのかはまだ分からなかったが、彼は新たな一歩を踏み出す準備が整ったのだった。
【第三幕】
ウォルターとメイヴィスの旅は、目的地が明かされぬまま進んでいた。メイヴィスの年齢は十六ほどに見え、その美しい容姿と気品のある立ち居振る舞いから、高貴な出自を感じさせた。しかし、彼女の無邪気な振る舞いは、まるで世間知らずの子供のようでもあった。
彼女が初めて街の賑わいや市場の喧騒、自然の美しさに触れる度に、その目は輝き、喜びに満ちた声を上げた。ウォルターはその純粋な反応を見ているうちに、次第に彼女の影響を受け、自らも心の中に眠っていた感情を取り戻していくのを感じていた。彼の心は次第に温かさを取り戻し、メイヴィスに対して特別な感情を抱くようになっていった。
メイヴィスもまた、ウォルターの寡黙で荒んだ一面を少しずつ理解し、彼に対して親しみと尊敬の念を抱くようになった。その無邪気な笑顔には、彼に対する淡い感情が込められているように見えた。しかし、彼女は依然として自分の正体や旅の目的を明かそうとはしなかった。
「私はただ、目に映る広がる世界の美しさや多様性を見てみたかったの。今までの生活では知り得なかったものを、心から感じてみたかったの。おかしいかしら?」
メイヴィスはそう言うだけで、ウォルターもその言葉を深く考えることなく受け入れようとしていた。しかし、彼らの平穏な日々は、突如として崩れ去ることとなる。
ある日、魔族の一団が二人に襲いかかる。ウォルターは左腕が不自由ながらも、鍛え抜かれた技術と勇気を駆使し、必死に敵を撃退する。戦いの中で彼の心は、かつての戦場の記憶と痛みを呼び覚まし、激しく揺れ動いていた。それでも、彼はメイヴィスを守るために戦い続けることで、心の奥底に封じ込めていた力を再び呼び起こしていった。
戦闘が終息した頃、魔族の一人が口にした言葉が、メイヴィスを深く揺さぶった。
「忌々しい泉の巫女め、お前は必ず始末する。我が主、魔戦将軍ヴィルギレス様のためにな」
その言葉を聞いたメイヴィスの顔には、これまで見せたことのないような強い動揺が走った。彼女の頬は青ざめ、目には恐怖と決意が交錯していた。その姿を見たウォルターは、彼女の内に秘められた過去と秘密に対する疑念を一層深めたが、メイヴィスは言葉を発せず、ただウォルターに向かって冷静な声で告げた。
「すぐにここを離れなければなりません。これ以上の戦闘は避けるべきです」
彼女の声には、普段の無邪気さとは異なる緊張感と真剣さが宿っていた。ウォルターは、メイヴィスの背中を見つめながら、彼女の過去と彼女が背負う重荷に対する興味と不安が入り混じった複雑な感情を抱くようになった。
「君の正体、そして旅の目的は一体何なんだ?」
ウォルターは、心の中でこの問いを何度も繰り返していたが、メイヴィスは黙ってその場から立ち去るように促し、真実を明かすことはなかった。
彼の心には、メイヴィスが抱える秘密と彼自身の運命に対する深い謎が渦巻いていた。彼は自らの決意を新たにし、メイヴィスの背中を追いながら、彼女の秘密を解き明かし、彼自身の内なる葛藤に立ち向かう決意を固めた。
【第四幕】
旅が続くにつれ、ウォルターの心の中に芽生えた疑念は、ますます強くなっていった。メイヴィスの明るく無邪気な振る舞いの裏に潜む影、そして時折見せる憂いの表情は、彼の胸に不安を残した。
夜の静寂の中、焚き火の炎が揺らめき、その温かな光が二人の影を踊らせていた。ウォルターは目を閉じ、深く考え込んでいたが、どうしても眠りにつけなかった。彼の視線は、眠れぬ様子で身を縮めるメイヴィスに向けられ、彼女の細やかな横顔に心が引き寄せられた。火の光に照らされるたびに、その表情には何か深い苦しみが隠されているように見えた。
ウォルターは内心の葛藤を押し殺し、ついに重い口を開いた。
「メイヴィス……君は本当にただの旅を楽しんでいるだけなのか? 俺には、君が何か重大な秘密を抱えているようにしか思えないんだ。あのサランっていう魔族が去り際に言った言葉が、どうしても気になる」
メイヴィスは一瞬怯えたように目を見開いたが、次の瞬間には視線を逸らした。ウォルターはその反応に更なる疑念を抱き、問い続けた。
「泉の巫女って、何のことだ? なぜ君は魔族に狙われる? この旅の目的に何か関係しているんじゃないのか?」
メイヴィスの肩が微かに震え、その小さな動作は、何かを言い出しにくいという彼女の心情を物語っていた。
「ウォルター……ごめんなさい。でも、どうしても言えないことがあるの」
その言葉は、夜の静寂に溶け込むほどに静かだったが、メイヴィスが抱える苦しみが滲み出ていた。ウォルターはその声に、胸の奥が締めつけられるような痛みを感じたが、それでも引き下がることなく、問いを続けた。
「それは、俺が君に付き従う騎士だから言えないのか? それとも、もっと何か別の個人的な秘密だからか?」
メイヴィスは再びウォルターの目を見つめた。彼女の瞳には、苦悩と葛藤が映し出されていた。
「ウォルター、もし私の正体を知ったら……あなたは私を守り続けられなくなるかもしれない。私には、いつかどうしてもやらなければならないことがあるの。それは、あなたが思っている以上に大切なことで……」
ウォルターはその言葉に戸惑いを感じながらも、彼女に寄り添う決意を固めた。
「……何があっても、俺は君を守る。君が何者であろうと、俺の決意は変わらない。それが俺の誓いだ」
メイヴィスはその言葉に微笑んだが、その笑顔にはどこか悲しみが漂っていた。
「ありがとう、ウォルター。でも、それは……旅の終わりになってみないと私にも分からないわ」
メイヴィスの言葉は、まるでその先に待ち受ける運命を暗示しているかのようだった。ウォルターは彼女の悲しげな表情に、胸が締めつけられるような痛みを感じた。
「そうか……」
彼女が何かを隠していることは明らかだったが、それを無理に問いただすことは、彼女の心をさらに傷つけるかもしれないと考えた。彼はしばらく黙って彼女を見つめた後、深く息を吐き出し、静かに言葉を継いだ。
「無理に話す必要はない。君が話したくなる時が来たら、その時でいい」
その言葉に、メイヴィスは驚いたように彼を見上げた。彼女の目には涙が浮かび、その小さな体が微かに震えているのが分かった。ウォルターはそっと彼女に寄り添い、その肩を優しく抱きしめた。
「ウォルター……ありがとう」
メイヴィスは震える声でそう言い、彼の胸に顔を埋めた。その瞬間、ウォルターは彼女が抱える何かが、自分が想像していたよりもはるかに重いものであることを痛感した。彼の胸に伝わる微かな震えと、彼女の深い息遣いが、その重荷の一端を物語っていた。
その夜、焚き火の前で二人は長い時間を共に過ごした。炎がゆらめく中、二人の間に交わされる言葉は少なかったが、沈黙の中にも深い絆と安心感が流れていた。ウォルターはメイヴィスの姿を見守りながら、彼女の心の奥底に秘められた秘密がどれほどのものなのかを理解する日が来るのか、それとも彼女がその秘密と共に生きる覚悟を持っているのか、心の中で問い続けた。
焚き火の炎が次第に小さくなると、夜の冷たさが二人を包み込んだ。ウォルターはメイヴィスの肩に優しく手を回し、彼女を温めながら、静かに眠りに落ちるのを待った。その安心感の中で、彼は彼女の不安を少しでも和らげたいと願いながらも、自分の胸の中には解けない謎が深く根を張っているのを感じていた。
夜が更けるにつれて、焚き火の火は消えかけていたが、ウォルターの心の中には、まだ解けない謎と彼女への思いが温かく残っていた。眠りにつく前に、彼は心の中で誓った。どんな困難が待ち受けていようとも、メイヴィスを守り、支え続けることを。そして、その先に待つ運命に立ち向かう覚悟を固めていた。
◇ ◇
【第五幕】
最終幕のページをめくるたびに、私は静かに涙を流していた。その涙は、物語に深く引き込まれた私の心の反映であり、劇中のメイヴィスに自分の感情を重ね合わせていたからだった。彼女の旅路と心の葛藤が、自分の過去と今に強く響き、私の内側で共鳴していた。
かつて、山奥の柚羽の家で、何も知らずにただ幸せだけを享受していたあの頃。無邪気に笑い、日々を楽しむことだけを考えていた自分。その澄んだ青空の下で、未来がきらめいていると信じて疑わなかった自分を、今では切なくも懐かしく思い出していた。あの頃の私の笑顔が、どれほど純粋で幸せだったかを、深い溜息と共に思い起こしていた。
その後、運命の手が私を捉え、すべてを知ることとなった。逃れることのできない宿命に囚われ、真実を知った瞬間の恐怖と絶望が、まるで冷たい鋭い刃のように私の心を深く切り裂いた。運命の波に呑まれ、抗おうともどれだけ努力しても、その波は容赦なく押し寄せてきた。心の奥底で何度も叫び続けたが、答えはどこにも見つからなかった。
今、呪いを解くために自らを隠し、茉凜と向き合っている自分。どんなに抗おうとも、運命の暗い波が押し寄せてくることを知りながら、それでも私は前に進もうと決意している。心の中で希望と絶望が激しくせめぎ合い、どちらが勝つかを決めようとしている。私の心は、終わりの見えない闇に向かって必死に手を伸ばしているような感覚に包まれている。
それでも、メイヴィスという少女はこの劇の中で、最後に救われる。彼女は私とは違って、ハッピーエンドを迎えることができるのだ。その幸せで希望に満ちた結末が、私の心の奥深くに一筋の光を灯していた。彼女の幸せが、私の心に静かな希望の火をともしているのだと感じた。彼女の笑顔が、暗い夜に差し込む一筋の光のように、私に力を与えてくれたのだ。
「たとえ、ほんの一時でも、幸せな夢を見ることができたらいいな。こんなわがままが許されるのかどうかわからないけれど……」
心の中でつぶやいたその願いが、その夢を追い続ける決意を固めた。その決意を胸に、私は自分が果たさなければならない役を受ける覚悟を新たにした。
この物語を通じて、自分の心の奥に眠る希望と痛みを共にすることで、少しでもその幸せに近づけるのではないかと願い、自分の中にひっそりと息づく感情を、メイヴィスを演じることで現実に映し出せたらと心から願った。
その瞬間、私は自分が物語にどれだけ深く結びついているかを感じ、その感情を胸に抱きしめながら、目を閉じた。現実では決して叶うことのない夢の中で、せめてその幸せを少しでも感じられたらと願いながら、静かに心を閉じた。