第5話 父が遺した絆の証
文字数 2,164文字
そのとき、ヴィルが突然口を開いた。その声には、何か決定的なものが込められているように感じられた。
「……ミツル、お前は魔獣が憎いか?」
彼の問いは、まるで私の心の奥深くを覗の言葉は私の中で深く響き、心の奥の隠された感情が引き出されたような感覚に襲われた。私はゆっくりと顔を上げ、真剣な表情のヴィルを見つめ返す。
「……ええ」
私の声はどこか遠くから響いてくるようで、心の中で絡み合う思いが虚しく感じられた。
魔獣に対する憎しみは、私が戦う理由の一部となっていた。その感情が私を支配し、私の行動を導いていた。それは単なる感情だけではなく、深い悲しみと怒りが絡み合った、私自身の存在の一部だった。
「だからお前は魔獣狩りをしているのか?」
ヴィルの目は鋭く、私の中に潜む痛みや怒りを掘り起こし、無防備な自分をさらけ出させるようだった。
私は視線を落とし、テーブルの木目をじっと見つめながら答えた。
「ええ、そうよ……」
その言葉が、どれほど自分の心に響いているのかを感じながら、私はその答えを口にした。
本当はもっと多くの理由があるはずなのに、それを一言で語り尽くすことはできない。父さまの死に対する悔恨、そして行方不明になってしまった母さま。その上で、この世界で生まれ育った私と、前世の自分との乖離。これらが複雑に絡み合い、言葉にするのは非常に難しい。
ヴィルは深く溜息をつき、重い口調で話し始めた。
「あいつが、娘のお前にそんなことを望んでいるとは思えんがな」
その言葉が私の心に深く刺さる。父さまが望んでいたことと、私が選んだ道が一致しないという現実が、心に重くのしかかっていた。
「そんなこと、わかってる……」
言葉がかすれ、ほとんど聞こえないほど小さくなった。自分の選択が正しいのか、それとも間違っているのか、その境界がぼんやりとしていた。
「でも……」
心の奥で燻り続ける思いが、答えを見つけられずにいた。もし父さまが今ここにいたら、私の選んだ道をどう評価するのだろうか。その疑問が、私の心をさらに掻き乱していた。
「それでも私は生きていかなきゃならない。たとえ一人でも……。だから私は戦っている」
本当のところはもっといろいろあるというのに、それだけしか言えず、息が苦しくなる。言葉の中に詰まった感情が、私の胸を締め付けていた。
ヴィルはゆっくりと歩み寄り、私の肩に手を置いた。その触れ方に私は嫌な感じはせず、不思議と心の安らぎを感じていた。
「そうか……。それがお前の覚悟なら、仕方があるまい」
ヴィルの言葉は穏やかでありながら、深い意志が感じられる気がした。そして彼は私に言った。
「じゃあ、見せてもらえないか? お前がユベルの娘であるという証をな」
それが何を意味するのか、私はすぐに理解した。静かに、確かな手つきで、白きマウザーグレイルを抜き、テーブルの上に置いた。
その白い刀身は、酒場のぼんやりした光の中で清らかで神秘的な輝きを放っていた。
「これよ」
ヴィルは剣をじっと見つめ、深く息を吸い込んだ。彼の目は、その刀身の一つ一つをじっくりと捉え、何かを読み取ろうとしているのがわかった。
「剣か……」
その声には驚きと信じがたい感情が混じっていた。それでも私は頷いた。感情が溢れそうになりながらも、必死に抑えた涙をこらえ、ヴィルの反応を見守った。
「ええ、父さまが最後に握っていた剣。そして、父さまと母さまと、そして私を繋ぐ絆の証」
胸の奥がじりじりと熱くなり、涙が滲んできたが、それを必死に抑えた。
「ふむ……」
ヴィルは深い溜息をつき、白い剣を細部までじっくりと観察していた。その姿に、私は不安と期待が入り混じった複雑な心境を抱えていた。刃に相当する部分がないこの『何も斬れない剣』が、果たして彼にどう評価されるのかが不安だった。
しばらくの間、彼は考え込んでいたが、やがて何かを納得したように頷いた。
「なるほどな……」
「え……」
馬鹿にされると思っていた私は、思わず声を漏らしてしまった。
「俺にはあいつが何の意味を持って、この剣を大切にしていたのかは分からん。が───」
ヴィルは深い眉を寄せ、慎重に言葉を選びながら続けた。
「───これがお前にとって絆の証だというなら、尊重すべきものだ。それがお前の中でどういった意味を成すのか、いずれお前自身で理解する時が来るだろう。それがあいつの遺志であるならば」
彼の意味深な言葉が心に深く響き、少しずつ変化の予感をもたらしていた。
そして、彼は溜息をつくと、再び私を見つめて言った。
「そこでだが、一つお前に提案したい」
「な、なにを?」
「俺と手合わせをしてくれないか?」
「ええっ!?」
驚きのあまり、私は椅子から身を起こしてしまった。彼の目は真剣そのもので、冗談の気配は微塵も感じられなかった。
「お前の人となりと覚悟は理解した。あとはその剣に問うだけだ。俺はどうしても確かめたいんだ。お前の中に流れるユベル・グロンダイルの血をな」
その言葉に、私は息を呑んだ。父さまの血を受け継ぐという証明が、今ここで試されるという現実に、私は言葉を失った。