嗚咽(4)

文字数 634文字

「大丈夫?どうしたの?ちょっと待って。これ置いてくるから」

「うん。外にいる」

「下で待っててよ」

「誰かに会いたくないから外で待ってる」

「わかった。すぐ戻るから」

 ダッシュする後ろ姿を見送った。

 戻ってきた武田くんは競技後のスプリンターのように膝に手を当てて息を切らしていた。

「そんなに急がなくても良かったのに」

「だって。そんなことよりどうしたの?今日旦那さんいる日でしょ?」

「家にいたくなくて」

「とりあえずここから移動しよう」

「うん」

 同僚の誰に会ってもおかしくないのでとりあえず歩き出した。

「ごめんね。明日仕事なのに」

「川島さんもでしょ?俺は若いから大丈夫」

 私に向かって笑いかける。いつもなら「悪かったよ、オバサンで」とかなんとか言うところだがそんな余裕もなくただ曖昧に笑っていた。せっかく武田くんなりに元気づけようとしてくれているのが無駄になる。

「喧嘩?」

「うん」

「話したくない?」

「そんなことないけど。まぁみっともないよね」

「川島さんが辛そうなのは俺も苦しいけど」

 武田くんは立ち止まった。

「ちょっと嬉しいのもある」

「え?」

「絶対会えないと思ってた日にどんな理由であれ会えたから」

 なんと言っていいかわからず武田くんの顔を見上げた。

「なんにも出来ないけど俺」

 急に私の手を取ってギュッと握る。

「来てくれて嬉しい。川島さんはそれどころじゃないのもわかるけど」

 繋いでいる手に力を込める。

「でも会えて嬉しい」

 そんなこと言われたらなんて言っていいかわからなくなる。


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