かたち(3)

文字数 655文字

「何が不満?」

「え?」

 悟は椅子を少し後ろに引いて脚を組んでいた。長い腕を伸ばして体を支えるような姿勢で煙草を吸っていた。煙草を吸っているのを見るのは久しぶりだった。

「やめたんじゃなかったの?」

「ああ。吸ってる」

 ライターで火をつける。目を細めて最初の一服。ゆっくり吐く。

 灰皿の上で吸いさしをトントンとして灰を落とす。またくわえて吸う。煙を吐く。一連の動作全てが好きだった。

 伏し目がちな目。まつ毛の長さが際立つ。こんな時は近寄り難い空気を醸しているのに、話すと瞬時に爽やかな笑顔になる。

 みんなこのギャップに落ちる。私もだった。

「何が嫌なんだよ、結婚したくないの?」

「そうじゃなくて。急だから」

「急って言うけど俺たちもう同棲して何年になる?入籍なんて紙切れ1枚の話じゃん。今さら考えること?」

「だけど・・・」

「何?実際もう結婚してるようなもんだろ?籍入れるかどうかなんてかたちだけのものじゃん?」

「だからって支店長に嘘つくとかおかしいよ。会社では結婚してることになってるの?」

「そうだよ」

「そうだよって・・・」

「嫌なわけ?」

「そうじゃないけど」

「ならいいじゃん。支店長来て流れであんな話になったし。だから今日わざわざ役所来たんだから。ほんとは今日は仕事あったから出ようかと思ってたんだけどな。今から行くかな?まぁ明日でいいか」

 悟は短くなった煙草を灰皿にぎゅっと押し付けて消した。

「もう俺もそろそろ30だよ。恋愛なんて生活してりゃいつかは終わるんだよ。結婚は生活だろ?恋とか愛とか、もうそんなのよくない?」





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