かたち(1)

文字数 612文字

 結局その日も話は出来ずに悟は翌日の午後遅くになって起きてきた。

「出かけるから支度して」

「どこに?」

「行けばわかるよ」

 車に乗って15分程。着いたのは区役所だった。

 まさかと思った。嫌な予感がした。悟は黙って窓口から婚姻届を持ってきた。

「印鑑持ってる?」

「持ってないけど。ちょっと待って、どういうこと?」

「入籍だよ」

「ちょっと待ってよ」

 悟はペンを置いてやっと私を見た。開き直ったような顔で何も言わない。

「こんな大事なこと、急に来て印鑑持ってる?って、何それ」

 悟は何も言わない。

「そういうもんじゃなくない?」

 悟は黙ったまま待合椅子に座った。

「この間の夜の事だってそうだよ。話そうって言ったのに無理って一言。あのあとちゃんと話もしてないのに」

「だから今日来たんじゃん。わざわざ時間作って。てか、早く書かないと今日出せない。まぁ持って帰って明日いく途中に出して行けばいいか、お前印鑑持ってきてないし」

「そういう問題じゃなくない?そういうこと言ってるんじゃないんだけど」

 悟はいつも不服な事があるとそうなるように不貞腐れた様子で黙った。こうして怒り出すと1週間でも2週間でも口をきかない。

 付き合い始めの頃はこれには相当参った。険悪な空気に負けて私が謝ってもどこが悪かったのか具体的に言って悟が納得するまで機嫌が治らない。

 そういう時もやることだけはやる。機嫌が治ったのかと期待して事が終わるとまた不機嫌の周期が再開するのだ。


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