どうやら歓迎されていないようです・7
文字数 2,114文字
放課後の図書室は、鍵はかかっていなかった。
けれど、電気は消えていて、いつも図書室にいる係の先生の姿もなかった。
当然、生徒の姿はひとりも見当たらない。
わたしは図書室へ入ると、静かに扉を閉めた。
実技試験で残っている私は、別に見つかってもいいんだけれど。
あの彼は、本当は学校を出なければならないはず。
わたしに情報をくれるから彼も校内へ残ったのに、先生に見つかって叱られたら申しわけない。
彼の強引な約束のやり方を思いだしたりもしたけれど、根っから他人を悪く思えないわたしは、スルーすることにした。
凪先輩の強引な性格に比べたら、可愛いものだ。
わたしを呼びだした彼は、入り口からは見えない位置にいるのか、あるいは、まだ来ていないのだろうか。
読書家というわけではないわたしは、まだ数えるほどしか図書室へ来たことがなかった。
そのために、物珍しく棚に並んだ本の背表紙を見ながら、奥へと入りこんでいく。
本棚にはさまれた狭い通路を歩いていくうちに、入り口から死角になってしまった。
これじゃあ、彼があとからやってきたときに、わたしがいることに気づかない。
そう考えたわたしは、入り口が見える位置へ戻ろうと振り返った瞬間、その声が図書室のなかで響いた。
『待ち合わせの彼は来ないよ。ここにいるのはきみひとりだけだ』
ヘリウムガスを吸って出したような高い声。
どこから聞こえてくるのか場所がつかめない。
心臓がドキリとして、正体不明の声に不安を感じた。
けれど、今朝のコンピューター室のような怪奇現象っぽさはない。
相手は誰だかわからないけれど、人間だとわかっているから。
もしかしたら、これから試験がはじまるのかもしれない。
そう思いついたわたしは、とり乱した姿を見せるなと凪先輩に釘を刺されたことを思いだし、悲鳴をあげないように我慢する。
そして、いかにも落ち着き払ってみせながら声の出所を探すように、本棚の上の空間をぐるりと見回したんだけれど。
そんな余裕を吹き飛ばすように、さらに声がかけられた。
『人間相手だからって安心するのは早いと思うよ。機械よりも人間のほうが怖いと思うなぁ。それと、これは試験じゃない。醜態をみせないように言われたみたいだけれど、女の子の怖がる姿は庇護欲を煽られて嫌いじゃないなぁ。こっちの場所がわからないんだ? それじゃあ不安だよね』
――考えを読まれてる!
わたしはいま、そんなに思っていることが顔にでているのだろうか?
『表情から読んでいるんじゃないよ』
勢いよく後ろを振り向いた。
笑いをこらえているような声で、背後からささやかれている感じがしたけれど、そこには誰の姿もない。
気が動転して、なにも考えられなくなったわたしは、無意識に本の詰まった棚のひとつに背をくっつける。
見えない視線に背中をさらしたくなかった。
どうする?
どうすればいい?
とにかく、この図書室から逃げだすために入り口へ向かうべきだ。
そう考えたとたんに。
『逃げだすつもりなんだ? 入り口まで無事にたどり着けるかなぁ』
こちらの考えていることを次々と先回りするように言葉を出してくる。
本棚に背をあずけたまま、わたしは途方に暮れた。
動けない。
学校側から言い渡されている試験であれば、凪先輩が必ず姿を見せると言っていた。
けれども、試験じゃなければ伝わっておらず、わたしがここにいることを凪先輩は知らない。
凪先輩の言う通りに、生徒会室へまっすぐ向かえば良かった!
『後悔したって遅いよ』
わたしへ向かって、声が容赦なく投げかけられる。
『こんな試験を受けようとするから、こんな目に遭うんだ』
やっぱり試験のことも知られているんだ。
この感じでは、わたし個人に対しての嫌がらせなのだろうか。
わたしが試験を受けられないようにするための妨害だろうか。
『メンバーに選ばれてどうする気なの? 他人のために自分を犠牲にすることはない。自分がしなくても、やりたい人間にやってもらえればいいじゃないか。きみは女の子なんだよ』
言葉はしだいに穏やかになり、諭すように緩やかな速さで語りかけてくる。
ガスで変えられた声は、聞きようによっては、まるで子どもの声のようだ。
なにか考えを持つと突っこまれるために目を閉じて、頭を真っ白にしようとするわたしの中へ、言葉はそろりと忍びこむ。
気づかないあいだに思考へ侵食してくる。
『わざわざ面倒なことを引き受けなくてもいいじゃないか。他人の心配なんかせずに、きみ自身の楽しい高校生活を大切にしたほうがいい。人生一度きりの高校生活だよ?』
そうだよね。
最初からわたしは、試験を受けること自体を嫌がっていた。
わたしがやらなくても、もっと才能のある他人が、わたし以上に役立つ仕事をするはずだ。
なにもわたしが嫌々試験を受ける必要なんて、ないじゃない。
試験に受かっちゃったら、そのあとはまともな高校生活を送れないのは間違いない。
けれど、電気は消えていて、いつも図書室にいる係の先生の姿もなかった。
当然、生徒の姿はひとりも見当たらない。
わたしは図書室へ入ると、静かに扉を閉めた。
実技試験で残っている私は、別に見つかってもいいんだけれど。
あの彼は、本当は学校を出なければならないはず。
わたしに情報をくれるから彼も校内へ残ったのに、先生に見つかって叱られたら申しわけない。
彼の強引な約束のやり方を思いだしたりもしたけれど、根っから他人を悪く思えないわたしは、スルーすることにした。
凪先輩の強引な性格に比べたら、可愛いものだ。
わたしを呼びだした彼は、入り口からは見えない位置にいるのか、あるいは、まだ来ていないのだろうか。
読書家というわけではないわたしは、まだ数えるほどしか図書室へ来たことがなかった。
そのために、物珍しく棚に並んだ本の背表紙を見ながら、奥へと入りこんでいく。
本棚にはさまれた狭い通路を歩いていくうちに、入り口から死角になってしまった。
これじゃあ、彼があとからやってきたときに、わたしがいることに気づかない。
そう考えたわたしは、入り口が見える位置へ戻ろうと振り返った瞬間、その声が図書室のなかで響いた。
『待ち合わせの彼は来ないよ。ここにいるのはきみひとりだけだ』
ヘリウムガスを吸って出したような高い声。
どこから聞こえてくるのか場所がつかめない。
心臓がドキリとして、正体不明の声に不安を感じた。
けれど、今朝のコンピューター室のような怪奇現象っぽさはない。
相手は誰だかわからないけれど、人間だとわかっているから。
もしかしたら、これから試験がはじまるのかもしれない。
そう思いついたわたしは、とり乱した姿を見せるなと凪先輩に釘を刺されたことを思いだし、悲鳴をあげないように我慢する。
そして、いかにも落ち着き払ってみせながら声の出所を探すように、本棚の上の空間をぐるりと見回したんだけれど。
そんな余裕を吹き飛ばすように、さらに声がかけられた。
『人間相手だからって安心するのは早いと思うよ。機械よりも人間のほうが怖いと思うなぁ。それと、これは試験じゃない。醜態をみせないように言われたみたいだけれど、女の子の怖がる姿は庇護欲を煽られて嫌いじゃないなぁ。こっちの場所がわからないんだ? それじゃあ不安だよね』
――考えを読まれてる!
わたしはいま、そんなに思っていることが顔にでているのだろうか?
『表情から読んでいるんじゃないよ』
勢いよく後ろを振り向いた。
笑いをこらえているような声で、背後からささやかれている感じがしたけれど、そこには誰の姿もない。
気が動転して、なにも考えられなくなったわたしは、無意識に本の詰まった棚のひとつに背をくっつける。
見えない視線に背中をさらしたくなかった。
どうする?
どうすればいい?
とにかく、この図書室から逃げだすために入り口へ向かうべきだ。
そう考えたとたんに。
『逃げだすつもりなんだ? 入り口まで無事にたどり着けるかなぁ』
こちらの考えていることを次々と先回りするように言葉を出してくる。
本棚に背をあずけたまま、わたしは途方に暮れた。
動けない。
学校側から言い渡されている試験であれば、凪先輩が必ず姿を見せると言っていた。
けれども、試験じゃなければ伝わっておらず、わたしがここにいることを凪先輩は知らない。
凪先輩の言う通りに、生徒会室へまっすぐ向かえば良かった!
『後悔したって遅いよ』
わたしへ向かって、声が容赦なく投げかけられる。
『こんな試験を受けようとするから、こんな目に遭うんだ』
やっぱり試験のことも知られているんだ。
この感じでは、わたし個人に対しての嫌がらせなのだろうか。
わたしが試験を受けられないようにするための妨害だろうか。
『メンバーに選ばれてどうする気なの? 他人のために自分を犠牲にすることはない。自分がしなくても、やりたい人間にやってもらえればいいじゃないか。きみは女の子なんだよ』
言葉はしだいに穏やかになり、諭すように緩やかな速さで語りかけてくる。
ガスで変えられた声は、聞きようによっては、まるで子どもの声のようだ。
なにか考えを持つと突っこまれるために目を閉じて、頭を真っ白にしようとするわたしの中へ、言葉はそろりと忍びこむ。
気づかないあいだに思考へ侵食してくる。
『わざわざ面倒なことを引き受けなくてもいいじゃないか。他人の心配なんかせずに、きみ自身の楽しい高校生活を大切にしたほうがいい。人生一度きりの高校生活だよ?』
そうだよね。
最初からわたしは、試験を受けること自体を嫌がっていた。
わたしがやらなくても、もっと才能のある他人が、わたし以上に役立つ仕事をするはずだ。
なにもわたしが嫌々試験を受ける必要なんて、ないじゃない。
試験に受かっちゃったら、そのあとはまともな高校生活を送れないのは間違いない。