なんと別口で狙われているようですっ!・5

文字数 2,099文字

 ひとりは腰を抜かしている。
 追いかければ捕まえることができるかも。

 そう思ったわたしが廊下へ飛びだしたとたん、目の前に立っていた人影にぶつかった。
バランスを崩したわたしの腰に、するりと腕が巻きつく。
 そして、顔をのぞきこんできた紘一先輩に気がついて、わたしは悲鳴をあげながら突き飛ばすという動作を危うくとめた。

「どうしたの? 桂ちゃん。いま、きみがくる前にふたりの生徒が飛びだしてきたけれど」
「紘一先輩! そのふたり、どっちへ逃げました? 捕まえないと!」
「あ、ごめん。きみも飛びだしてきたから、きみに注意が向いていて彼らが逃げた方向を見ていなかったよ」

 紘一先輩の言葉から彼らに逃げられたと感じたわたしは、がっくり肩を落とした。
そして、自分の身体にまわされた腕に気がつき、慌てて紘一先輩の腕の中から飛びのく。

 残念そうな視線を向ける紘一先輩をちょっと睨みつけながら、わたしは心に浮かんだ疑問を口にした。

「紘一先輩は、なにをしているんですか? もう授業がはじまっているんじゃ……?」
「オレはヤボ用。まあ、はっきり言えば、電波くんが体調不良で登校直後に保健室へ行ったって聞いたから、様子をうかがいに行こうとしていたところ」
「え? 留城也先輩、なにかあったんですか?」
「いや、いつものサボりだと思うけれど。そういう桂ちゃんは? きみこそこんなところでどうしたの? いまのふたりは見たことのない生徒だったけれど。彼らとなにかあった?」
「わたしは……」

 あとから湧きあがってきた恐怖心や怒りを抑えて、わたしは紘一先輩へ起こった事実だけを簡単に告げる。
 すると、紘一先輩は顎に指を添えながら、少し考える表情になった。

「このこと、凪先輩には知らせておいたほうがいいかも。オレから報告しておくよ。先輩なら、この一時間目に遅れた奴や休んだ生徒を調べられるだろうし」
「それは――困る!」

 わたしは慌てて紘一先輩をとめる。
 朝から怒られたばかりだし、凪先輩にもよけいな手間と迷惑をかけてしまう。

「報告は、やめてもらえますか?」

 顔の前で手を合わせたわたしは、上目づかいで紘一先輩の顔をうかがった。

「え? なんで――って聞こうと思ったけれど。そうか、朝から凪先輩に叱られていて、また怒られたくないのか。桂ちゃんにそんな眼で見つめられながら頼まれると、オレとしては断れないなぁ」

 ――今朝、すでに凪先輩に怒られたって考えたこと、いま、読まれた。
 笑顔でさらっと口にした紘一先輩の言葉に、わたしはできるだけ感情が揺れないように心がける。
 その甲斐があったのか、紘一先輩は変わりない態度で言葉を続けた。

「その、さ。桂ちゃんは女の子だろう? オレとしては、危険なことにわざわざ首を突っこまなくてもいいと思うんだ。というか、本当なら桂ちゃんに試験をリタイアしてもらいたいくらい」
「え?」

 逆に、急に違う話題を振られたわたしは、話の内容についていこうと慌てて訊きかえす。
 満面の笑みを浮かべた紘一先輩は、わたしの顔をのぞきこんだ。

「オレは桂ちゃんのことを心配して言っているんだ。誤解しないでよ。ほら、いまだって襲われたわけだろう? 好きな女の子に怪我をさせたくないから」
「え? え?」
「やだなぁ。桂ちゃんは出会ったときから、オレのことを軽いナンパな男だって思っているだろう? オレは本当に桂ちゃんのことを可愛いって思っているんだよ?」

 そういえば、出会ったときに彼氏がいないのかと訊かれたり、強気な態度は落としがいがあるってことを言われたような……?
 好きな女の子って。
え~っ?
 本気で言っていたの?

「やだなぁ。そんな驚いた顔をされると傷つくなぁ」

 ヘロリと笑った紘一先輩は身をかがめ、わたしの耳もとでささやいた。

「本当にオレとのこと、考えておいてよ。桂ちゃんがメンバーに入らなくても想いは変わらない。それよりも、危険な目に遭わないほうがオレとしては嬉しいんだけれど」

 そして紘一先輩は、心ここにあらずとなったわたしを教室まで連れていってくれた。
 遅刻で授業に参加したわたしだけれど。
 いろんなことが一度に起こって興奮状態の頭に、当然のことながら授業内容なんて入るわけがなかった。



 教室の窓から見下ろしても、中庭は死角となる。
 授業中とあって静まりかえった校舎の壁に背をあずけ、携帯を耳にあてた。

「なに勝手に逃げ帰ってんだよ。なんの成果もあがってねぇじゃん」
『どこがトロそうなオンナなんだよ! 話が違うだろ? 冗談じゃねーよ! あんな凶暴なオンナ。アンタの頼みでも、もう関わりたくねーよ!』

 何度問いかけても、携帯の向こうからは恐怖しか伝わってこない。
そのまま、なんの収獲もなく相手からの連絡が途絶えた。

 これじゃ、わざわざ外部の人間を校内に入れて襲わせた意味がない。
 苛立たしげに舌打ちをしながら口にする。

「今年の受験者は、凶暴さが能力――なわけないよな」

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