そして立ちはだかる敵の影・2

文字数 1,781文字

「さっきの話の続きなんだけれど。あのサド先生、なにを考えているのかさっぱり読めなくてさ。オレとしてはできるだけ近寄りたくないんだ。その代り、変なところで馬鹿正直で要領の悪い留城也がつかまって、いつも先生に遊ばれているんだよね」
「読めないの? たしかにつかみどころがなさそうな先生だけれど。――紘一先輩って、読めたり読めなかったりするんですか?」

 思わず口からこぼれでた、わたしの素朴な質問。
 特別、他意があったわけじゃなく自然と口からでた言葉だったためか、紘一先輩は深い勘繰りもなく答えてくれた。

「その人物に意識を向ければ読めるんだ。オレは生まれつき持っている能力だし、練習なんてした記憶がないな。たとえば桂ちゃんが凪先輩をパッと見たときに、髪型や服装へ目がいくとするだろう? そのとき先輩の表情を見て、あ、いまからなにか怒られそうと感じるとするじゃない? オレの場合は同時に、そのときに浮かんでいる思考へも意識が向いて、凪先輩が口にだすために頭の中で作る文章が読みとれるって感じかな」

 そうか。
 紘一先輩にとっては、無意識にできる能力なんだ。
 うなずきながら聞いていると、ふと、視線を感じた。
 慌てて顔をあげる。
 すると、じっとわたしの顔を見つめていた紘一先輩が、ほころぶような笑みを浮かべていた。

「なんだか嬉しいなぁ。桂ちゃんがオレに興味を持ってくれるなんてさ」

 とたんにわたしは意識してしまい、視線から逃げるようにうつむいた。


「家まで送るよ。じゃないと、護衛の意味がないだろう?」

 改札をでたところで、遠慮して「ここまででいいです」と告げたわたしに、口を尖らした紘一先輩がきっぱりと言った。

「紘一先輩は逆方向だったから申し訳なくて。あ、でもほら、駅から家まではとっても近いですし、広い通りなので街灯も車のライトも明るくて大丈夫です」

 それは本当のこと。
 大通りを五分ほど歩いて、自宅のある住宅街への細い道を少し入れば着く。

「そんなに近いんだったら、なおさら遠慮することないって。家の前まで送るよ」

 そして、紘一先輩はさっさと歩きだしながら、わたしのほうへ振り返った。

「ほら、桂ちゃんが歩いて道を教えてくれないと、オレが桂ちゃんの自宅までの道順を読んじゃうよ」

 そう脅されるように言われたわたしは、慌てて紘一先輩を追いかけるように歩きだした。

 すぐには、電車に乗っているときのような話題が出なかった。
 そのために、気まずい空気が占める。
 そうなると、紘一先輩から付き合いを考えて欲しいと言われたことを、こんなときに限って思いだすものだ。

 いま、その話をだされたら、居心地が悪いだけじゃすまないかも。
 なんてことを考えた瞬間。

「桂ちゃん、危ない!」

 突然、二の腕をつかまれて引っ張られた。
 視界がくるりと回って、気がついたときには細い路地に引きこまれ、紘一先輩に抱きしめられていた。

「え? え?」

 わたしはいま、誰かに襲われたのだろうか?
 それを、紘一先輩が庇ってくれた?
 呆然としながらも、わたしは顔をあげて辺りを見渡そうとしたけれど。

「なんちゃって」

 耳もとでささやかれた。
 驚いて、思わずうっかり紘一先輩の顔を見てしまったわたし。
 すると、間近に悪戯そうな光を宿したチョコレート色の艶やかな瞳があった。
 その口もとは、魅惑的な弧を描いていて。徐々に近づいていて。

 気がつけば、わたしは大きな悲鳴をあげながら、両手で力いっぱい紘一先輩を突き飛ばしていた。
 放物線を描きながら、目が点になった紘一先輩は吹っ飛んでいく。
 そして、その瞬間に大通りを通過した十トントラックの荷台の上へと落ちた。

 良かった!
 紘一先輩が車道へと落ちて事故に遭うという大惨事は免れた!
 なんて、うっかり喜びかけたけれど。
 大通りへと飛びだしたわたしは、その場にへたりこむ。
 そしてなすすべもなく蒼ざめながら、驚く速さでみるみる小さくなっていく長距離トラックを見送った。

 ――ああ、紘一先輩、どこへ行かれるんでしょう?

 こんな失態、穴があったら入りたい。
 その辺のマンホールのふたを開けて、ほとぼりが冷めるまで潜っていていいですか?

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