突然の指名・2
文字数 2,340文字
わたしは、ただ普通の生活を送りたいだけだ。
友だちを作り、定期考査では落ちこぼれない程度の点数をとり、呑気な両親と家族三人そろって健康で幸せであればいい。
そのために、極力目立たないように他人の影に隠れ、周りの人たちには嫌われない程度に愛想良く振る舞って。
その仮面がはがれそうになったから、人生を仕切りなおすために、中学までの知り合いが誰も入学希望をだしていなかったこの高校を選んだのに。
入学一カ月目にして、わたしの平穏な日が終わりを告げたということなのだろうか。
「ああ、きみが木下さんか。どうぞ、そこに腰をかけなさい」
人当たりの良さそうな笑顔を浮かべた校長先生は、気さくにわたしへ声をかけ、応接セットの二人掛けソファを勧めてきた。
顔から血の気が引いた状態で校長室に連れてこられたわたしは、言われるままに黙って腰をおろす。
縦にも横にも身体が大きく貫禄のある校長先生は、向かいの一人用ソファへどかりと座る。
そして、校長室の扉の前で静かに佇む生徒会長へも声をかけた。
「きみ、綾小路くんもここへ一緒に座りなさい」
「いえ、ぼくはここで結構です」
校長先生相手に、後ろで両手を組んだ生徒会長は無表情のまま、にべもなく断る。
その態度に気分を害した様子もなく、慣れているかのように校長先生は苦笑を浮かべた。
「相変わらず、きみは固いな。まあいい。――さて、木下さん」
名前を呼ばれ、真正面から見つめられて、もう逃げ場はない。
うつむいていたわたしは仕方なく顔をあげた。覚悟を決めて次の言葉を待つ。
けれど、そんなわたしに校長先生は、こぼれんばかりの笑顔を見せた。
「おめでとう、木下さん。きみは適性検査に合格したのだよ」
目を見開くわたしに、校長先生は言葉を続けた。
「きみはまだ適性検査をクリアしただけで、今度は実技試験を受けてもらわなければならない。だが、毎年適性検査で選ばれること自体が一校にひとりいるかどうかというところで、きみは合格したんだよ。我が校はじまって以来の同時期四人目となったのだ。これは非常に喜ばしい!」
「校長先生、肝心な部分の説明が抜けています。彼女は全然理解していませんよ」
白熱しそうな校長先生を冷静にさせるかのように、生徒会長がひんやりと声をかける。
適性検査?
実技試験?
なんのことだかさっぱりわからないわたしへ向かって、「そうか、そうだな」と呟きながらソファに座りなおした校長先生が、話を改めるように咳払いをした。
「実は、きみはまだ正式なメンバーとして認められていないため、組織の詳しいことは教えられないのだが」
そう切りだした校長先生は、笑顔で次の言葉をさらりと言った。
「我が校だけではなく全国すべての高校が所属する、ある組織がある。そこでは、飛びぬけた能力を持つ者を選出してチームを編成し、悪と災害に立ち向かっている」
「――はぁ」
校長先生の話を真剣に聞いているつもりでも、まだわたしには、その言葉がどういうことなのか理解ができなかった。
反応の薄いわたしに、校長先生が頭を掻いた。
説明しあぐねている様子がみてとれる。
「そうだねぇ。簡単に言えば正義の味方の組織ということになる。そのメンバー候補として、きみ、木下さんが選ばれたんだ。さて、そこでだが。きみは他人に自慢できるような特技を持っているのかな?」
話についていけていないわたしに細かい説明は無駄だと感じたようだ。
最初に、詳しく教えられないと言われていたせいかもしれない。
急に校長先生は、わたしへ質問をしてきた。
けれど。
突然問いかけられたその内容に、わたしは飛びあがらんばかりに驚いた。
実際にソファから立ちあがらなかったのは、ただわたしに反射神経がなかったからだ。
にこにことしながら、校長先生はわたしの顔を眺めて返事を待っている。
そのうちに、顔を強張らせたわたしの様子に気がついたらしく、テーブルをはさんで真向かいから腕を伸ばすと、わたしの肩を軽く叩いた。
「いやいや、そんなに緊張せんでいい。四月に行われた性格判断や実力試験と身体能力検査の結果、コンピューターがきみを選出したんだ。だからなにか他の生徒にはない能力があって、コンピューターが選んだのかと思っただけなんだよ」
慌ててわたしは、とんでもないとばかりに頭 を振った。
けれど、校長先生はわたしの否定を、その通りのままに受けとらなかったようだ。
「そんなに遠慮することはない。誇って良いことだよ。これから実技試験が行われることになる。合格すれば、きみは晴れて正式メンバーとなる。そのときに改めて組織のことなど詳しい説明をしよう。きみの将来の就職先も公務員として一〇〇パーセント保障され、親御さんは大喜びされるだろう。しかし、不合格となれば、きみはただの我が校の生徒に戻ることになるだけだ。不合格は残念なことだが、そのこと自体は退学対象にもならない。この組織や試験のことを他言無用で、通常の高校生活を送ることになる。どうだ、簡単な説明しかできずに申し訳ないが、聞いた限りでは悪い話じゃないだろう?」
校長先生の説明を聞いているうちに、わたしは、だんだんと自分の気持ちが落ち着いてくるのがわかった。
わたしの『あのこと』がばれて、呼ばれたわけじゃなかったんだ。
それに、この話を聞いた限りでは、ただわたしは実技試験で不合格になればいいだけだ。
そうすれば、いままでと同じ、特別なことにも巻きこまれず平穏な日常を送ることができるということになるんじゃなかろうか。
友だちを作り、定期考査では落ちこぼれない程度の点数をとり、呑気な両親と家族三人そろって健康で幸せであればいい。
そのために、極力目立たないように他人の影に隠れ、周りの人たちには嫌われない程度に愛想良く振る舞って。
その仮面がはがれそうになったから、人生を仕切りなおすために、中学までの知り合いが誰も入学希望をだしていなかったこの高校を選んだのに。
入学一カ月目にして、わたしの平穏な日が終わりを告げたということなのだろうか。
「ああ、きみが木下さんか。どうぞ、そこに腰をかけなさい」
人当たりの良さそうな笑顔を浮かべた校長先生は、気さくにわたしへ声をかけ、応接セットの二人掛けソファを勧めてきた。
顔から血の気が引いた状態で校長室に連れてこられたわたしは、言われるままに黙って腰をおろす。
縦にも横にも身体が大きく貫禄のある校長先生は、向かいの一人用ソファへどかりと座る。
そして、校長室の扉の前で静かに佇む生徒会長へも声をかけた。
「きみ、綾小路くんもここへ一緒に座りなさい」
「いえ、ぼくはここで結構です」
校長先生相手に、後ろで両手を組んだ生徒会長は無表情のまま、にべもなく断る。
その態度に気分を害した様子もなく、慣れているかのように校長先生は苦笑を浮かべた。
「相変わらず、きみは固いな。まあいい。――さて、木下さん」
名前を呼ばれ、真正面から見つめられて、もう逃げ場はない。
うつむいていたわたしは仕方なく顔をあげた。覚悟を決めて次の言葉を待つ。
けれど、そんなわたしに校長先生は、こぼれんばかりの笑顔を見せた。
「おめでとう、木下さん。きみは適性検査に合格したのだよ」
目を見開くわたしに、校長先生は言葉を続けた。
「きみはまだ適性検査をクリアしただけで、今度は実技試験を受けてもらわなければならない。だが、毎年適性検査で選ばれること自体が一校にひとりいるかどうかというところで、きみは合格したんだよ。我が校はじまって以来の同時期四人目となったのだ。これは非常に喜ばしい!」
「校長先生、肝心な部分の説明が抜けています。彼女は全然理解していませんよ」
白熱しそうな校長先生を冷静にさせるかのように、生徒会長がひんやりと声をかける。
適性検査?
実技試験?
なんのことだかさっぱりわからないわたしへ向かって、「そうか、そうだな」と呟きながらソファに座りなおした校長先生が、話を改めるように咳払いをした。
「実は、きみはまだ正式なメンバーとして認められていないため、組織の詳しいことは教えられないのだが」
そう切りだした校長先生は、笑顔で次の言葉をさらりと言った。
「我が校だけではなく全国すべての高校が所属する、ある組織がある。そこでは、飛びぬけた能力を持つ者を選出してチームを編成し、悪と災害に立ち向かっている」
「――はぁ」
校長先生の話を真剣に聞いているつもりでも、まだわたしには、その言葉がどういうことなのか理解ができなかった。
反応の薄いわたしに、校長先生が頭を掻いた。
説明しあぐねている様子がみてとれる。
「そうだねぇ。簡単に言えば正義の味方の組織ということになる。そのメンバー候補として、きみ、木下さんが選ばれたんだ。さて、そこでだが。きみは他人に自慢できるような特技を持っているのかな?」
話についていけていないわたしに細かい説明は無駄だと感じたようだ。
最初に、詳しく教えられないと言われていたせいかもしれない。
急に校長先生は、わたしへ質問をしてきた。
けれど。
突然問いかけられたその内容に、わたしは飛びあがらんばかりに驚いた。
実際にソファから立ちあがらなかったのは、ただわたしに反射神経がなかったからだ。
にこにことしながら、校長先生はわたしの顔を眺めて返事を待っている。
そのうちに、顔を強張らせたわたしの様子に気がついたらしく、テーブルをはさんで真向かいから腕を伸ばすと、わたしの肩を軽く叩いた。
「いやいや、そんなに緊張せんでいい。四月に行われた性格判断や実力試験と身体能力検査の結果、コンピューターがきみを選出したんだ。だからなにか他の生徒にはない能力があって、コンピューターが選んだのかと思っただけなんだよ」
慌ててわたしは、とんでもないとばかりに
けれど、校長先生はわたしの否定を、その通りのままに受けとらなかったようだ。
「そんなに遠慮することはない。誇って良いことだよ。これから実技試験が行われることになる。合格すれば、きみは晴れて正式メンバーとなる。そのときに改めて組織のことなど詳しい説明をしよう。きみの将来の就職先も公務員として一〇〇パーセント保障され、親御さんは大喜びされるだろう。しかし、不合格となれば、きみはただの我が校の生徒に戻ることになるだけだ。不合格は残念なことだが、そのこと自体は退学対象にもならない。この組織や試験のことを他言無用で、通常の高校生活を送ることになる。どうだ、簡単な説明しかできずに申し訳ないが、聞いた限りでは悪い話じゃないだろう?」
校長先生の説明を聞いているうちに、わたしは、だんだんと自分の気持ちが落ち着いてくるのがわかった。
わたしの『あのこと』がばれて、呼ばれたわけじゃなかったんだ。
それに、この話を聞いた限りでは、ただわたしは実技試験で不合格になればいいだけだ。
そうすれば、いままでと同じ、特別なことにも巻きこまれず平穏な日常を送ることができるということになるんじゃなかろうか。