新たな能力者・3

文字数 1,582文字

 聞こえてきたその音楽は、タイトルは思いだせないけれど、どこかで聞き覚えのある旋律。

 訝しげに周囲を見渡したわたしの前で、ふいに、悠然とした動作で凪先輩が制服の上着の内側から携帯電話を取り出した。
 そうか、クラシック音楽は、凪先輩の携帯の着信音だったんだ。

「え? 校内って携帯は禁止じゃないんですかぁ?」

 口を尖らせながら、小声で文句を言ってみる。
 気にした様子もなく、窓の外へ視線を向けながらしばらく携帯でやり取りをしていた凪先輩は、通話を終えたとたん、わたしへ向きなおった。

「ぼくは生徒会長であると同時に戦隊メンバーだ。緊急時のために携帯所持は学校側の許可をもらっている。――さて。さっそくだが、きみに行ってもらいたい場所がある」

 急に真面目な顔をした凪先輩をみて、わたしは緊張した。
 もしかして、いよいよ実技試験がはじまるってこと?
 いまの電話は、その指示だったんだ!

 そんなわたしの強張った顔に気づいた凪先輩は、面白そうに、ふっと表情を緩めた。

「まだ試験ははじまっちゃいない。だから、ぼくは付き添わないが、これから見回りと称して体育館へひとりで行ってこい。それくらい、きみひとりででもできるだろう?」
「馬鹿にしないでください!」

 そう言い返すと、わたしはさっさと生徒会室の入口へと向かう。
 わたしの背に、凪先輩が続けて声をかけてきた。

「体育館を見回ったら報告に帰ってこい。いまから何分かかるか時間をはかる。ただし三十分経っても戻ってこなければ、きみを笑いに行くからな。ほら、急げよ。でも廊下は走るな」

 わたしは振り返りざま、思いっきり凪先輩を睨みつけてから部屋を飛びだした。


 誰の姿もない静まり返った廊下を、私は早足でずんずんと進んでいく。
 けれど、そのうちに不安になって、歩くスピードが落ちていった。

 なんで急に、体育館の見回りなんてさせるんだろう。
 それに見回りなんて、どうすればいいの?
 窓や入口の鍵が閉まっているかどうかの確認でもすればいいのだろうか?
 それに、体育館まで歩いていっても五分もかからない距離だ。
 往復に見回り時間をいれてもだいたい二十分。どうして三十分も余裕をもたせるんだろう?

 首をひねりながらも体育館へ到達したわたしは、鍵が掛かっていなかった正面扉をゆっくりと横に押し開いた。

 普段は全面を使って練習をしているであろうバスケ部やバレーボール部は、今日の活動を中止されている。
 何の音もしない静かな体育館の入り口を、わたしはびくびくしながらのぞきこんだ。
 けれど、なにも変わったところはない。

 正面扉からおそるおそる入りこんだわたしは、土足厳禁のために、両脇に並んだ靴箱の前で運動靴を脱ぐ。
 靴箱の横には二階の観覧席へとあがれる階段があったが、まずは一階と考えたわたしは、今度は中扉をゆっくりと引っ張り開けた。
 緊張しながらのぞくと、誰の姿もない。
 ほっとしたわたしは、ようやく中へと入っていった。

「――体育館の窓も全部閉まっていそうだし。見回りって、ぐるっと見渡して異常がなければ、もとのように扉を閉めて戻ればいいのかな」

 口の中でつぶやくように言いながら歩を進めたわたしは自分の言葉通り、ぐるりと左右の壁や正面、天井などを見回す。
 まったく異常がないことに安堵したわたしは、文句を口にする余裕まで出てきた。

「凪先輩が意味深なことを言って脅かすから、なにかあるのかと思っちゃったじゃないの。なにもない。はい、見回り終了っと」

 ひとりうなずきながら、その場でくるりと回って入り口のほうへと振り向く。
 そして。
 扉の横の壁にもたれるようにしながら胸もとで腕を組み、ひっそりと佇んでいた背の高い男の人と目が合った。

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