いきなり試験に突入です?!・3

文字数 1,694文字

 次は問題を解かなきゃ。
 数学だから、計算式でも文章問題でもしっかり読めば、ひらめきで解けるところがあるかもしれない。

 そう考えて、プリントへと視線を移す。
 けれど、習っていない公式は思いだしようもない。

 うつむいたまま、じっとプリントを凝視するしかないわたしの上から、先生が威圧的に見下ろしている視線が痛いほど感じられた。

「十五分経過。あらあら、全然書けていないじゃないの。試験監督としては暇だわぁ」

 呆れたような声を投げつけられる。

「あなたの気を落ち着かせるために、ああいう風に彼は言ったけれど。制限時間なしって、どういうことかわかるかしら? 今回の試験は、あなたが全問題を記入し終わらなきゃ、何時間でもこのままってことなのよ。まったく困ったことだわぁ。私、放課後は逃したくないイケメンとのデートが入っているのにぃ。本当迷惑!」

 じりじりと時間だけが過ぎていく。
 先生は、チクチクとした言葉を投げかけてきて、徐々にわたしの精神を削いでいく。

 どのくらい経ったのか、もうわたしの感覚が麻痺してわからなくなったとき、急に宮城先生は、いままでにきいたことのないような優しい声をだした。

「あなたが嫌いで、こうやっていじめているんじゃないの。メンバーに選ばれることがどういうことかって、教えてあげているのよ」

 その声に、まったく動けなかったわたしは、ぎこちなく顔をあげて先生を見上げた。

「木下さん。もし、あなたがメンバー試験を辞退するなら、いますぐ解放してあげるわよ」

 急に腰を落とし、わたしの視線の高さまで自ら目を合わせてくると、先生はわたしの耳もとでささやく。

「恥ずかしくない点数だったけれど一歩及ばずって内容で、上には報告してあげるわ」

 無意識に、わたしは先生の目を見つめていた。
 宮城先生のその瞳には、先ほどまでの馬鹿にしきった光が消えている。

「辞退の仕方は簡単よ。プリントに書いたあなたの名前の下に、辞退しますってひとことを書くだけ。急に漢字が思いだせないのなら、ひらがなでもいいわ。ほら、簡単でしょう?」

 心の底から、わたしのためを思って言っているような口調で続ける。

「楽になるわよ。辞退しますって書いちゃいなさい。本当はメンバーになりたくないって聞いているわよ。ここでリタイアしても誰も怒らない。逆に引き延ばされるほうが、周りに迷惑をかけるわ。それに、もしメンバーになったら、何度でもこんな目に遭うわよ? あなたも、わざわざ辛い目に遭うこともないでしょう?」

 そうだ。
 もともとメンバーになりたいわけじゃない。
 わたしがここで辞退すれば、すぐに代わりの候補生の試験が、別のところではじまるだけだ。
 だらだらと引き延ばしているほうが、皆に迷惑をかけているんだ。

 わたしは、目の前の答案用紙へ視線を戻し、名前の下の余白を見つめた。

 ――でも。
 本当にそれでいいのだろうか。
 立会人だからかもしれないけれど、わたしの試験に対して、いまの凪先輩は親身になってくれている。
 力を見直す分岐点だとも言っていた。
 本当に、全力で向かわずに楽なほうへ逃げていいのだろうか?

「ほら、書いちゃいなさい。あなたのため、皆のためよ」

 ささやき続ける先生の瞳へ、わたしは真っ向から視線を合わせた。
 眉根を寄せた先生に、喉がからからでかすれてしまったけれど、わたしはきっぱりと口にした。

「迷惑かけてすみません。最後まで試験を受けさせていただけますか」

 一瞬、宮城先生は呆気にとられたような表情を見せた。
 けれど、すぐになだめるような口調になる。

「悪いようにはしないわ。いつまでも粘ってもあなたには解けないもの。諦めて辞退しましようね」
「お願いします。最後まで受けさせてください」

 もう一度、わたしがそう告げたとき。
 突然、宮城先生は姿勢を正して立ちあがった。
 教壇のほうへとつかつかと移動し、驚くわたしへ向かって振り向く。
 そして、教卓に両手をついて、わたしを見下ろした。
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