闘えわたし! 平和のために! ・9

文字数 2,146文字

「いやぁ、どかんどかんと景気がいいね!」

 わたしの後ろで楽しそうに、紘一先輩が声をあげた。
 力加減がうまくいかずに、ただ留め金が外れただけではなく、いくつか壁を真ん中から叩き割っちゃったけれど。

 倒した壁を踏み越えながら、さらに次の壁を壊すために右手を握りしめつつ、わたしは紘一先輩へと振り返った。

「先輩方も手伝ってくださいよぉ。か弱い女の子に壁を壊させるなんて」
「だってオレ、素手でこの壁を壊せるほどのパワーはないから」

 本気の涙目で訴えても、紘一先輩はへろりと笑いながらあっさりかわす。
 ならばとわたしは、留城也先輩へと視線を移した。
 すると、留城也先輩はわたしを一瞥して、そっけなく告げる。

「まあ、――適材適所か」

 そうですか!
 先輩たちの中では、わたしはもうパワー系キャラ決定ですか!

 このどうにもやるせない気持ちを晴らすべく、わたしは(こぶし)に力をこめ、目の前の壁へと向きなおる。
 そのとき、微笑をたたえてわたしたちのやりとりを眺めていた透流さんが、ふいに眉をひそめた。

「なんだか外が騒がしいな」

 その言葉に、わたしはぎょっとした。
 もしかして、迷路を最短距離で抜けるために、わたしが壁を壊し続けたせい?
 それがわかって、外で騒ぎになっているとか? 
 でも、透流さんもやっちゃえっていったじゃない。
 そんな思いをこめて、訴える目を透流さんへと向ける。
 すると、紘一先輩がわたしの思考を読み取ったように声をかけてきた。

「外の騒ぎ、桂ちゃんは関係ないなぁ。どちらかといえば留城也のせいかもね。迷路のそばにあった建物の出入り口が封鎖されて、中の人がでられなくなっているらしいから。留城也がシステムをダウンさせたせいじゃない?」

 たちまちムッとした表情を浮かべる留城也先輩を見ながら、透流さんが紘一先輩とわたしへ向かって口を開いた。

「それじゃあ、ぼくは先にいって様子を見てくるよ。さっき別れた凪と合流できるかもしれないし」

 そう告げると、ふわりと壁の向こう側へと抜けていった。

 ――透流さんが通り抜けるところは、知っていてもまだ不思議な感じ。
 目の前で、とても上手な手品を見せられているみたい。
 なんて思いながら、ぼんやりと透流さんが消えた場所を見つめていると、紘一先輩がせかせるようにわたしの頭を小突いてきた。

「ほら、桂ちゃん。オレたちも急がなきゃ。いいところを凪先輩や透流さんに持っていかれちゃうよ」
「そういうんだったら、紘一先輩も手伝ってくださいよぉ」
「だってオレ、桂ちゃんほどのパワーがないもん」

 また同じような会話を繰り返す羽目になりながら、仕方なくわたしは壁に向かって、右手を大きく振りかぶった。


 迷路から抜けだしたわたしと紘一先輩と留城也先輩は、出入り口が封鎖された建物へとたどりつく。
 この建物は、迷路に隣接したレストランとなっていた。

「中で爆発音がしたよね」
「厨房のほうでガスに引火でもしたのかな」

 ささやき合う声とともに、心配そうに集まっているアミューズメントパークの利用者たちが遠巻きに見守るなかで、わたしと留城也先輩は紘一先輩の先導で裏のほうへと回る。
 周囲に人影がなくなったとき、紘一先輩がおもむろに口を開いた。

「現場へ近づいたら、集まったみんなの情報から細かい状況がわかったけれど。留城也が起こしたシステムダウンのせいじゃないみたいだね。迷路の中でもあった小さな爆発みたいなものが、あっちこっちでもあったみたいだ。その影響でレストランの出入り口がロックされちゃったんだね」

 それを聞いた留城也先輩が、短時間とはいえ紘一先輩から非難の目を向けられていたためか、あからさまに口を尖らせる。
 その視線をかわすように、紘一先輩は立ちどまってわたしへと振り返った。

「ってことで中の利用客を救出するために、桂ちゃん、よろしくお願いいたします!」

 さあどうぞと、大きなシャッターがおりた状態となるレストラン裏のトラック搬入口らしきところを、紘一先輩は手のひらを上にして指し示す。

「ちょっと待って! ここもわたしが壊すんですかぁ?」
「操作パネルが爆破されたらしくて中からはすべての出入り口にロックがかかっちゃって、前からも後ろからも閉じこめられている状態なんだ。表はギャラリーが多いから裏に回ってきたんだけれど、結局このシャッターも開かないから、ここはひとつ、桂ちゃんの手で」

 紘一先輩は、涼しい顔で説明する。

 ああ、わたし、どんどん理想の可愛い女の子から離れている気がする……!
 それでも、中の人たちの救出が一番とばかりに、仕方なくわたしはシャッターの前にかがみこんだ。
 そして、両手の指の先をシャッターと地面のあいだの隙間へ差しいれ、力をこめて両足を踏ん張る。
 たちまちシャッターは、わたしが両手で支え持つところから、ぐにゃりとやわらかなアメのように形を変えつつ押しあげられた。

「やったぁ。さすが桂ちゃん! 頼りになるぅ」

 指を鳴らしながら満面の笑みを向ける紘一先輩に、わたしは脱力した笑いを浮かべてみせた。
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