なんと別口で狙われているようですっ!・1
文字数 1,615文字
「お見苦しいところをおみせしちゃいまして」
恐縮しながら、わたしは隣を歩く透流さんに声をかける。
慌てていたとはいえ、みっともなく階段を転げ落ちる姿をみせてしまった。
恥ずかしいにもほどがある。
「怪我がなくて良かったね」
ふわりと笑みを返してくる透流さんは、言葉を続けた。
「放課後は試験があるかもしれないから、きみとゆっくり会うのなら、朝一番が確実かなと思って。ぼくの大学も今日は二限からだし」
わたしは、知り合いのいない遠方の高校を選んだために、電車を使っての通学となる。
それを考えると、たぶん透流さんの家からも遠いと思うのに、わざわざ朝早くから訪ねてきてくれるなんて。
どうしてもわたしに会わなければならないことでもあるのだろうか。
駅へと向かう道中、わたしはちょっと身構えながら、透流さんへおそるおそる訊ねてみた。
「それで、あの。わたしになにか用事でしょうか?」
「用事ってほどでもないけれど。試験がはじまっているだろうから、その進行具合を聞きたいなって。凪は『問題ない』のひと言しか連絡してこないしね」
「――心配おかけします」
首をすくめたわたしに、透流さんは笑って首を横に振る。
「それにしても。きみはお母さんとそっくりだね」
「はあ。おっちょこちょいなところがそっくりで」
「あはは」
笑い声をたてたあと、透流さんは続けた。
「大らかで楽しそうなお母さんだ。だからきみも、まっすぐに育っているんだね」
「そんな、まっすぐだなんて」
透流さんは誤解している。
この怪力のために女の子らしくなりたいと考えているのに、ピンクは似合わないから嫌だと思っているわたしは、けっこうひねくれていると思う。
けれど、透流さんは謙遜ととったらしい。
「遠慮しなくていいよ。ぼくも含めて、メンバーは全員屈折しているから」
「透流さんも、ですか?」
本当に驚いた気持ちが、声に含まれたからだろうか。
透流さんは、わたしへ向かって笑みを浮かべた。
「家庭環境が大きく影響するんだろうね。きみは素直に育っていると思うよ。メンバーに選ばれるような、特別な力を持っていても」
ふいに透流さんは遠くを見る目をして、爽やかな五月の空を見上げた。
改札を定期券で通ったわたしのあとを、切符を買った透流さんがついてきた。
なので、わたしが誘導するように先を歩き、いつもの決まった時間に、いつもの車両に乗る。
すると、わたしの目に、反対側のドアのそばに立つひとりの学生の姿が映った。
その彼はいつも、わたしと同じ時間に同じ車両を利用しているために、なんとなく顔見知りになっている他校の学生だ。
整った顔立ちをしている彼だけれど、生徒会長をしている凪先輩や、女の子に人気のある紘一先輩のような華やかな美形じゃない。
少々線が細くていかにも真面目そうな、ごく一般の男子高生に見える。
今日も、わたしが車両に乗りこんだとたんに目が合って、彼は小さな笑みを浮かべながらストレートの黒髪を揺らして目礼した。
わたしも頭を少し下げて返す。
ただそれだけなんだけれど。
ちょっと楽しいじゃない?
見知らぬ他人との想像をかきたてるささやかな交流。
電車通学の醍醐味だ。
もっとも、これ以上の進展はないだろうけれど。
「知り合い? 同じ中学校出身とか?」
ささやくような透流さんの問いに、わたしは頭を横に振って、その彼から声の届かない離れた位置へと移動した。
空いている席に腰をおろしながら返事をする。
「同じ路線を利用する、なんとなく顔見知りになった人です。なので、名前も学年も知らないんですよ」
「ふぅん。――彼の制服は、きみが降りる駅よりさらに先にある進学校のものだね」
ちょっと感心したようにうなずいたあと、透流さんは、わたしの横に並んで座った。
恐縮しながら、わたしは隣を歩く透流さんに声をかける。
慌てていたとはいえ、みっともなく階段を転げ落ちる姿をみせてしまった。
恥ずかしいにもほどがある。
「怪我がなくて良かったね」
ふわりと笑みを返してくる透流さんは、言葉を続けた。
「放課後は試験があるかもしれないから、きみとゆっくり会うのなら、朝一番が確実かなと思って。ぼくの大学も今日は二限からだし」
わたしは、知り合いのいない遠方の高校を選んだために、電車を使っての通学となる。
それを考えると、たぶん透流さんの家からも遠いと思うのに、わざわざ朝早くから訪ねてきてくれるなんて。
どうしてもわたしに会わなければならないことでもあるのだろうか。
駅へと向かう道中、わたしはちょっと身構えながら、透流さんへおそるおそる訊ねてみた。
「それで、あの。わたしになにか用事でしょうか?」
「用事ってほどでもないけれど。試験がはじまっているだろうから、その進行具合を聞きたいなって。凪は『問題ない』のひと言しか連絡してこないしね」
「――心配おかけします」
首をすくめたわたしに、透流さんは笑って首を横に振る。
「それにしても。きみはお母さんとそっくりだね」
「はあ。おっちょこちょいなところがそっくりで」
「あはは」
笑い声をたてたあと、透流さんは続けた。
「大らかで楽しそうなお母さんだ。だからきみも、まっすぐに育っているんだね」
「そんな、まっすぐだなんて」
透流さんは誤解している。
この怪力のために女の子らしくなりたいと考えているのに、ピンクは似合わないから嫌だと思っているわたしは、けっこうひねくれていると思う。
けれど、透流さんは謙遜ととったらしい。
「遠慮しなくていいよ。ぼくも含めて、メンバーは全員屈折しているから」
「透流さんも、ですか?」
本当に驚いた気持ちが、声に含まれたからだろうか。
透流さんは、わたしへ向かって笑みを浮かべた。
「家庭環境が大きく影響するんだろうね。きみは素直に育っていると思うよ。メンバーに選ばれるような、特別な力を持っていても」
ふいに透流さんは遠くを見る目をして、爽やかな五月の空を見上げた。
改札を定期券で通ったわたしのあとを、切符を買った透流さんがついてきた。
なので、わたしが誘導するように先を歩き、いつもの決まった時間に、いつもの車両に乗る。
すると、わたしの目に、反対側のドアのそばに立つひとりの学生の姿が映った。
その彼はいつも、わたしと同じ時間に同じ車両を利用しているために、なんとなく顔見知りになっている他校の学生だ。
整った顔立ちをしている彼だけれど、生徒会長をしている凪先輩や、女の子に人気のある紘一先輩のような華やかな美形じゃない。
少々線が細くていかにも真面目そうな、ごく一般の男子高生に見える。
今日も、わたしが車両に乗りこんだとたんに目が合って、彼は小さな笑みを浮かべながらストレートの黒髪を揺らして目礼した。
わたしも頭を少し下げて返す。
ただそれだけなんだけれど。
ちょっと楽しいじゃない?
見知らぬ他人との想像をかきたてるささやかな交流。
電車通学の醍醐味だ。
もっとも、これ以上の進展はないだろうけれど。
「知り合い? 同じ中学校出身とか?」
ささやくような透流さんの問いに、わたしは頭を横に振って、その彼から声の届かない離れた位置へと移動した。
空いている席に腰をおろしながら返事をする。
「同じ路線を利用する、なんとなく顔見知りになった人です。なので、名前も学年も知らないんですよ」
「ふぅん。――彼の制服は、きみが降りる駅よりさらに先にある進学校のものだね」
ちょっと感心したようにうなずいたあと、透流さんは、わたしの横に並んで座った。