突然の指名・7

文字数 1,846文字

 ピンクに憧れて、でもピンクになるのは嫌。
 この口に出して言葉にするのも悲しいジレンマ、たぶん、すべてのことに恵まれているであろう凪先輩は理解してくれないだろう。

 言葉を濁すわたしへ、案の定、凪先輩は無表情に言い放った。

「なんと言おうと、きみはピンクだ。はい、決定! 逆らうことは許さん」
「――最初の印象はとっつきにくそうでしたが、凪先輩はオレ様だったんですね。全然にこりともしないですし。笑っても馬鹿にしたような表情ですし」
「ぼくがきみに愛想を振りまいてどうするんだ。逆だろう? きみが見届け人であるぼくに気をつかえ」

 そう口にするときだけ、わたしの言葉通りに、唇の方端をあげて馬鹿にするような笑みを浮かべる。

 ああ、先生もわたしのクラスメイトも学校にいる全員が、間違いなく彼の外面の良さにだまされています!
 この人は裏表のある人間ですと叫びたい。
 けれど、絶対誰も信じてくれないだろう。
 そのうえ、成り行き上この性格を知ってしまったわたしはきっと、彼のストレス発散相手にされるにちがいない。



 その日の昼休み、ちょっとした事件がふたつ、噂になった。

「桂ちゃん、大丈夫だった? なにがあったの?」

 凪先輩に付き添われるかたちで授業のあいだとなる休み時間に教室へ戻った私のところへ、心配そうな表情の晴香が飛んできた。
 とても説明できる内容ではなかったので、わたしは曖昧に笑みを浮かべる。
 なのに、真面目ぶった凪先輩が親切そうな口調で割りこんできた。

「それは、こちらの木下さんの入学後の実力テストがあまりにもひどく、呆れた校長先生が週末に彼女にだけ試験を課したんですよ。そのために一週間ほど、ぼくは彼女の勉強指導をすることになったので」
「な、なんてことを言うんですかぁ!」
「桂ちゃん、生徒会長に個人指導で教えてもらえるだなんて、うらやましい……」

 ぽつりと漏らした晴香の言葉を聞いて脱力したわたしは反論できず、倒れこむように椅子へ腰をおろした。

 そりゃあ、確かにこの高校は想像よりも偏差値が高く、まぐれで合格できたようなものだけれど。
 だからって、なんてひどい理由をつけるのよ!

 すると。
 頭を抱えていたわたしの耳もとで、そっと身をかがめた凪先輩は意地悪そうにささやいた。

「少々おバカなくらいのほうが、周りから可愛い女の子に見られるんじゃないのかな?」

 わたしが睨みつけるより早く身を起こすと、凪先輩は、言葉からは考えられないような爽やかな笑顔をクラスメイトへ振りまいた。

 凪先輩が教室から姿を消したとたんに、間近で笑みを向けられた女子たちが、一斉に蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
 その喧騒のなかで、晴香は羨望と同情が入り混じった目をわたしに向けた。

「そうよね。言われてみれば、生徒会長にくっついていられても、週末に試験があるんじゃあ楽しんでいられないし大変よね。桂ちゃん、がんばってね。私、応援するから!」

 晴香は両手でそっとわたしの手をとると、しっかと握りしめた。

「授業中に呼び出さざるを得ないくらいに桂ちゃんがおバカでも、私はずっと友だちだよ?」

 ――ああ、先輩だろうと戦隊メンバーであろうと、こんな情報を流した凪先輩、絶対に許さない!

 わたしが心に誓ったとき、晴香は急に思いだしたように、わたしの手を握りしめたまま話を変えた。

「そうそう、それと、聞いた? 桂ちゃん」
「な、なにを?」

 晴香の、なにか楽しいことを見つけたような、きらきらした瞳を近くで感じて、わたしはぎくりとする。
 そんなわたしの様子に気づかない晴香は、嬉しそうに口にした。

「中庭に建っている銅像のこと。なんでも、銅像の顔がいつも中庭の中心を見ているはずなのに、気がついたら今日は右へ向いちゃっているらしいのよ! しかも中庭の真ん中に、足跡のような深いくぼみがふたつも突然出現したんだって! これって学校七不思議にならない?」
「へ、へぇ~。そうなんだ。それは不思議な出来事だよね……」

 勢いこんで話し続ける晴香に、わたしは冷や汗を流しながら相槌をうった。

 しまった。そこまで気が回らなかったよ。
 それにたぶん、完璧主義者をきどる生徒会長も、さすがにわたしの怪力を目撃したせいで、気が動転していたに違いない。

 わたしが銅像を受けとめたときについた足跡、――うっかり消し忘れてた!

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